止まらない興味

「あっははは! この私に邪魔とは! お前、面白い人間だな!!」



 面白い。

 やはり面白いぞ、この子供。



 なんと清々しい態度か。

 盲目的に崇められるより、何倍も気分がいい。



「なんで喜ぶんです…? こうすれば、怒って消えていくと思ったのに……」



 彼は苦々しく顔を歪め、溜め息をつきながら起き上がった。

 それで空いたスペースに腰を下ろすと、途端に不機嫌丸出しのひと睨みが飛んでくる。



「勝手に、隣に来ないでくださいよ。」

「まあまあ、そんなにむくれるな。一体何故、私を煙たがる?」



「あなたが僕に、面倒な未来しか持ってこないからです。」

「それはなんだ?」



「言えば、自重してくださるので?」

「いや? むしろ、喜んでその未来を持ってくるかもな。」



「じゃあ言いません。あなたが僕に苦労を吹っかけて楽しむ方だってのは、とっくのとうに知ってるんです。」



 初めて会ったというのに、なんだか旧知の仲と話しているような気分だ。



「こんな所にいたら、これ見よがしに〝会いに来い〟と言ってるようなものだとは思わなかったのか?」

「あなたならどうせ、僕がどこにいたって、そのうち会いに来るでしょう?」



 いちいち言わせるな。

 彼は露骨に、態度でそう語っていた。



 面白いので彼がまた口を開くまで待っていると、彼は全力で嫌な顔をしながらも話し始めた。



「みんながいるところで猫を被って疲れるか、人気ひとけのないところで本音を言って疲れるか。どのみち疲れる未来しかないなら、猫を被る労力が無駄だと思ったんですよ。下手に丁寧に対応して、気に入られても嫌だし。」



「なるほど。だが残念。打つ手が逆だ。私は今ので、お前のことをかなり気に入ってしまった。」



「………っ」



 意地悪心でそう言ってやると、彼は頭痛でもこらえるように頭を押さえてうなだれた。



「誰も彼もを、人形のように操れるとは思わないことだな?」



「言われずとも、そんな幻想は抱いていないのでご安心を。本当に誰も彼もが思いのままなら……今頃、もっとまともな未来になってましたよ。」



 間髪入れずに言い返してきた彼の声が、一気に冷たくえ渡る。



 今の言葉は、しゃくさわったらしい。

 それと同時に彼の全身からほとばしった魔力に、私は感心と疑問を覚えた。



「ほほう……その歳にしては、驚くほど濃厚な魔力だな。お前が十歳まで〝知恵の園〟に見つからなかった道理が分からん。」



 ここまで強力な魔力だ。

 ここ半年や一年で、一気に成長したというわけではなかろう。



 今でこのレベルに至れるほどの素質を持つなら、魔法を教え始める五歳の頃には、ここに連れてこられてきてもおかしくなかったはずだが。



「ちょっとお節介焼きなペットがいましてね。僕の魔力が強すぎることを心配して、魔力の安定化と同時に制御方法を教えてくれたんですよ。ついでに、予知能力との付き合い方もね。ここに来るまでは―――」



 次の瞬間、彼にほとばしっていた魔力が嘘のように大人しくなる。



「……ね? このとおり。」



 そこで微笑む彼は、どこにでもいる平凡な子供だった。



 なんという化けの皮だ。

 この歳にして、五年もの間〝知恵の園〟から隠れおおせたというのか。

 末恐ろしいったらありゃしない。



「ああ……そうか。」



 その時、ふと脳裏に引っかかっていた疑問が解消する。



「お前、確かタリオンの出だったな。ペットなどと言いおって……あやつらが聞いたら怒るぞ?」

「嫌ならずっと、人型に化けてればいいんですよ。そしたら同居人で済むのに。」



 彼は悪びれもなく、そんなひねくれたことを言う。



 肝が据わった子供だ。

 タリオンで大事に秘匿されている守護獣の存在をにおわされても、一片の動揺も見せないとは。



「それで? わざわざ魔力を隠していたくせに、今さらになってここに来たのは何故なのだ?」



 興味がそそられるとは、なんとも不思議な心地だ。

 どこからともなく、訊いてみたいことがぽんぽんと出てくる。



 あんなに巧妙に、自分の魔力を錯覚させられるのだ。

 〝知恵の園〟が彼の存在に気付いたということは、彼が魔力を隠すのをやめたということだろう。



 それはつまり、ここに来たのが紛れもない彼の意思だということに他ならない。



「………」



 その時、彼の目がふと遠くを見た。

 しばらくすると。



「僕、結婚したくないんですよね。」



 ぽつり。

 彼は、小さく呟いた。


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