希望との出会い

 この悲願を達するために、私は〝鍵〟を確実に死へと導いてきた。



 人間は、かくも愚かだ。



 同胞を信じることなど微塵みじんもせず、過去の災厄を秘めていると知るや否や、無条件にその命を奪うのだから。



 人間への絶望と、世界への憎しみ。





 それをくすぶらせていた時―――私はとうとう、希望の糸口となる人間と出会った。





 面白い子供だった。



 笑顔で人当たりがよいように見えて、その瞳にあるのは絶壁とも言える強い拒絶。



 私の目から見ればそれは明らかだったが、従順ぶっているその子供に、周りの人間たちは面白いくらいに騙されていた。



 あの子供は確か、予知能力を持っていると見込まれて連れてこられたのだったか。



 彼が予知能力を持っているというのは、ほぼ確実であろう。

 しかも、割と正確に幅広い未来を見ていると見える。



 あれは、遥か高みから下界を見下ろすような瞳だ。

 そしてあの歳にして、自身の能力との付き合い方を心得られるだけの知恵も持っている。



 やれやれ。

 〝知恵の園〟も、とんでもない子供を引っかけたものだ。

 一歩教育を間違えたら、簡単に国を滅ぼされてしまうぞ。



 とはいえ、わざわざそんなことを教えてやる義理などない。

 この子供の手によって国が滅ぼされるのであれば、それを観察するのもまた一興。



 国が滅びたところで、私を妄信する愚か者が消えるわけでもない。

 器の供給が途切れることなどないだろう。



 未来を武器にする彼が上に立つのか、子供を私の妄信者に育て上げる〝知恵の園〟が上に立つのか。



 ここは、双方のお手並み拝見といこうか。



 私は高みの見物というお気楽な気分で、気まぐれにその子供の動向を追った。



 そして―――たった数ヶ月で、彼から一時も目を離せないほどにのめり込むことになる。



 持って生まれた魔力量は申し分なし。



 〝知恵の園〟に来る前から一定の魔法知識と技術を持っていたようで、ここで学んでまだ数ヶ月だというのに、その実力は何年もここで教育を受けた子供たちのそれを大きく上回っていた。



 だが、私が度肝を抜かれたのはそんな月並みなところではない。

 私が何よりも目を引かれたのは、その子供がするだ。



 彼はこの場所に慣れ始めるや否や、部外者を装いながら、平然と他人を陥れるようになったのだ。



 そして誰も気付かない裏側で、それを心底楽しんでいた。



 それに加えて、彼が見せる手腕が本当にすばらしい。



 時にはさりげなく口車に乗せ、時には何人もの他人を経由させて。

 彼は目につけた相手を、あくまでも〝自滅〟に誘い込んでいた。



 自滅なので、当然誰も彼を疑わない。

 陥れられた本人ですら、彼に踊らされたのだと気付かない。



 なんて子供だ。



 拍手喝采かっさいを送らざるを得ないあの立ち回りは、確実に予知能力を利用したものであろう。



 たぐまれなる予知能力の使い方は、その持ち主によって様々ではあった。

 しかし、さすがにあんな使い方は初めて見たぞ。



 子供らしからぬ、あまりにも歪んだ遊び。

 興味をそそられないわけがなかった。



 ある日私は、彼のお気に入りの場所へとおもむいた。



 そこは〝知恵の園〟の北の端。

 禁忌の森との境界すれすれの地点に位置し、誰も近寄らない場所であった。



「ふふ…。さーて、どう出るかなぁ?」



 彼は大きな木の枝に寝転がり、普段は決して見せない策士の笑みをたたえていた。



「今度は、誰を罠にはめたのだ?」



 木の根元から、その背中に語りかける。



「………」



 彼はゆっくりと首を回して、私を見下ろす。



 一瞬だけ鋭く光る、薄茶色の瞳。

 しかし彼は私の質問に答えず、すぐに視線を空に戻してしまった。



「おやおや…。まさかの無視とは。」



 これはまた、面白い反応をするものだ。

 だが、悪くない。



 私はふわりと宙に舞い、彼が無視できないように、その顔を真上から覗き込んだ。



「安心しろ。誰にも言ってはおらん。」



 相手は策士でも、まだ年端もいかぬ子供。

 私伝手づてにこれまでの行いがばれるのではないかと警戒しているのだろう。



 そう思ったので、安堵させるためにそう言ったのだが……



「はあぁー……」



 何故か彼は、私の顔を見るや否や心底面倒そうに顔をしかめた。



 そして、開口一番に言い放ったのが―――





「邪魔なので、どっか行ってください。」





 これだった。



「………」



 その時の私は言葉も忘れ、間抜けな顔で彼を凝視していたと思う。



「……ふっ」



 気付けば、体が震えていた。


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