自分で最後…?

 あまりの衝撃に一瞬で頭が白く染まって、実はゆうに数秒は固まっていた。



「……俺で、最後?」



 なんで?

 どういうこと?



 理解が全然追いつかない。

 でも自分でそう呟いた瞬間、頭の奥がにぶい痛みを発した。





『さあ――― そなたの役目は、分かっておるな?』





 脳裏を横切っていく声。

 ぼんやりとかすんだ、誰かの姿。



 実は蒼白な顔で、頭を押さえた。



 知らない声だ。

 これは誰?



 全然記憶には引っかからないのに、胸がざわめいて仕方なかった。



「ふふ……その顔は、でも思い出したか?」

「―――っ!?」



 かけられた言葉の内容に驚いて、実は慌てて顔を上げる。



 あの時のことって…?



 その問いは音にならなかった。

 顔を上げたその時には、レティルの手が目前まで迫っていたのだ。



「………っ」



 とっさに動くことができず、実は思わず目を閉じて顔を背ける。



 怪我どころでは済まされない攻撃のはずだったが、それは自分の意思とは関係なく張られた結界に阻まれた。



「これが、その証拠だ。」



 波紋が立った水面みなものように揺れる結界の向こうで、レティルが口の端を吊り上げる。



「こんな風に世界が全力で守るのは、お前が初めてなのだよ。世界としては――― 、これまでの〝鍵〟のように殺されてもらっては困るのだ。だからほら……精霊だって動物だって、人間以外の生き物は皆、無条件にお前を守ったであろう?」



「―――っ!!」



 どきりと心臓が跳ねる。



 言われてみれば、それは確かな事実だった。

 たくさんの動物たちが暮らしていた禁忌の森で、自分が彼らに襲われたことはただの一度としてない。



 そしてそれは、地球に行ってからだって変わらなかった。



 その辺の野良猫が自分を引っ掻いたり威嚇したりしたことはなかったし、噛みつき癖があると近所で恐れられていた猛犬も、自分の前ではひどく大人しかった。



 地球で呼び出した精霊たちですら、文句ついでにたわむれ程度の拳を振り下ろすくらいで、その後は何故か自分から離れなくなった。

 自分の近くにいるのは心地がいいと言って、むしろやたらと近寄ってきていた。



 ウェールの民のさとでは襲われもしたが、あれは麻薬で操られていただけ。

 襲ってきた彼らは、本気で自分を害したかったわけではないだろう。

 首謀者のヴィオルだって、自分に直接手を下したわけではなかった。



 記憶をさかのぼればそうするほど、実の顔からは血の気が引いていく。



「つまりはそういうことだ。」



 着実に、一歩ずつ。

 レティルは実に、真実を刻み込んでいく。



「世界がそこまでしてお前を守るのは……その魂に眠る封印をどうにかできるチャンスが、いよいよお前で最後ということだ。」



「封印を、どうにかできるチャンスって……」



 嫌だ。

 そんなはずないって、全力で否定したい。



 なのに――― 頭はもう、答えに辿り着いている。



「お前は今、大切な者たちを守るために、必死に封印を守ろうとしているのだろう? ……だが、残念だな。」



 そしてレティルは、残酷にもその答えを口にしてしまう。





「世界がお前に課した役目は――― その封印を解き放つことだ。」





「―――っ!?」



 心が絶叫する。

 凍てつく実の瞳を見つめるレティルは、愛しげにその頬をなでた。



「納得したか? だから世界中が、お前がこの世界を捨て去ることを許さないのだよ。そして私もまた、このチャンスが訪れるのを待っていた。そのために、エリオスに目をつけておいたのだ。」



「!!」



「教えてやろう。お前の父が、あそこまで重い代償を負うに至った経緯を。」


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