四大芯柱ができた経緯

「一つの理論を組み立てたなら、今度はその正しさを証明する根拠が必要であろう? 本当に抑止力が人間をぎょしきれないのか……私は、それを確認することにした。その実験台にちょうどよかったのが、精霊神たちだったのだよ。」



「精霊神たちって……まさか……」



 すぐにひらめく。



「四大芯柱を作ったのは……」

「ああ。私だ。」



 実の呟きを、レティルは少しも躊躇ためらわずに肯定した。



「精霊を見ることができる人間が現れたことで、精霊と人間の間には、それなりの関係性ができあがっていた。それが利であれ害であれ、な。そこに精霊を束ねる精霊神が巻き込まれたところで、特に違和感はあるまい? 特にあの時は、地の精霊がほいほいと人間を取り込んで目もあてられん状況だったしな。手始めにフィルドーネを呼んで、人間と手を組ませてみたのだ。」



 その実験の結果が愉快だったのか、レティルはとても面白そうな笑い声を漏らした。



「あいつが人間と打ち解けるまでの早さは、見ていて痛快であったな。その後アクラルト、セイリンと巻き込んで……まあ、ティートゥリーの説得には少しばかり骨が折れたが、その時にはフィルドーネたちが私側に回っていたからな。奴も渋々、了承せざるを得なかったようだ。とはいえ彼らは、人間に力を分け与え始めたきっかけが私であるとは、覚えておらんがな。」



「なっ…!?」



 驚く実に、レティルが肩をすくめる。



「これが、抑止力の力よ。世界としては、あやつらを人間から引き離したかったところだろう。しかし、それをするにはリスクが高かったのであろうな。」



 その理由を示すようにか、レティルは周囲の虚空をぐるりと見回した。



「四大芯柱が生まれてから、世界の魔力バランスは大幅に改善された。そして人間たちも、自分たちの行いが時に世界の魔力バランスに影響することを知って、行動に制限をかけるようになった。魔力バランスを安定的に維持するために、人間の協力は捨てきれない。それに、このまま私を野放しにして人間を操られるよりも、精霊神たちに人間を扱わせていた方がいいかもしれない。そういったた苦肉の策で、私が絡んだという事実だけ揉み消したのではないか? その結果がこれとは、なんとも滑稽こっけいなことよ。」



 レティルの笑い声に、明らかな皮肉とあざけりがこもる。



「アクラルトが必要以上にエリオスに構うわ、セリシアの願いに応えたセイリンが真っ向から世界に反旗を翻すわ……手がつけられんではないか。私と違って、あやつらにはまだ抑止力を働かせられるようだが、それでもこの有り様とはな。」



 確かに、これまでの話を聞いた今なら分かる。

 その共通点も明らか。



 レティルを始めとする神々が妙な行動をする時は、必ず人間が関わっている。



「ともあれ、根拠を得るには十分だった。やはり世界は、人間だけは抑止力で縛ることができない。神を使ったとしても、その制御は完璧ではない。もしかしたら人間の制御に失敗しては、何度か神を創り直したやもしれぬが……それは、私が知るところではないな。どうだ? これで、私が人間を〝特別〟だと評した理由が分かったか?」



「………」



 問われた実は無言。



 実験を積み重ねた結果をここまで並べておいて、わざわざそう訊いてくるとは。

 おそらくはこちらの反応を見て楽しんでいるのだろうが、こちらは不愉快でたまらない。



 レティルはさらに続ける。



「人間は、何にも縛られない。それ故に、簡単に世界のことわりを越えて、あらゆる事象に介入することができる。その無限大の可能性に、私は全てを賭けることにした。」



 自分もその立場なら、そう考えるだろうな。

 無意識のうちに共感してしまう自分に気付くことなく、一人の世界で語る彼は「ただ…」と、話を続けた。



「人間なら、誰でもいいというわけではない。その身に膨大な魔力を宿し、世界の根幹に近い我々や精霊とも格別に相性がいい。そんな人間が理想だ。」


 

「それで選んだのが、〝鍵〟だったっていうのか。」



「ああ、そのとおり。人間の中でも、〝鍵〟はその魂からして特殊な存在だからな。〝鍵〟が持つ最強の魔力と可能性を、利用しない手はあるまい。」



 こちらの確認に、レティルはすんなりと頷いた。



 器とする人間の魔力が高ければ高いほど、レティルは長く肉体を保つことができ、世界の強い抑止力からも身を守ることができる。



 その事実から考えるなら、世界の抑止力を打破する強力な手札として、〝鍵〟は絶好のターゲットだったといえよう。



 そこまでは予想の範疇はんちゅう

 しかしこの後に続いた言葉は、完全に予想外だった。



「とりわけ〝鍵〟の中でも、お前という存在に意味があったのだ。私はお前と出会うために、人間をそれとなく誘導しては、確実に〝鍵〟を抹殺してきた。」



「……は?」



 ぎりぎりで維持していた警戒心も忘れ、実はまぶたを叩く。



 〝鍵〟が必要だったのに、あえてその〝鍵〟を殺してきた?

 なんのために?



 懐疑的な実に向かって、レティルはもったいぶらずにその答えを告げた。





「私にとっても世界にとっても、お前が最後の頼みの綱なのだよ。結果がどう転ぶにせよ……〝鍵〟という存在が生まれるのは、お前で最後だ。」





 それは、初めて知らされる話だった。


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