見つけた綻び

 この世界に生きる全ての存在は、抑止力によって縛られ、世界にその存在意義を定められている。



 その前提で論じれば、当然人間だってそうであるはず。



 では何故、人間に宿った私は抑止力から守られているのだ?

 同じ抑止力に縛られた存在どうしであるならば、それは起こりえないのでは?



 そう思った瞬間、今度は人間という生き物についての疑問が間欠泉のようにあふれ返ってきた。



 あの大災厄も、私が抑止力からのがれるきっかけとなった戦乱も、それを引き起こしたのは人間だった。



 では何故、世界はそんな大惨事が起こるまで人間を放置したのだ?

 それこそ私のように、抑止力を使って意識を正せばよいではないか。



 今だって、私にここまで強い抑止力をかけるのではなく、人間たちを操ってしまえば、ここまで事態がこじれることもなかったはずだ。



 私が人間の世界にとどまっているのは、人間が行かないでくれと懇願しているから。

 その人間が私に〝もう帰っていい〟と一言言えば、私は異論なく人間から離れた。



 考えてみると、どうもおかしい。



 人間に対する世界の介入は、我々に比べると甘すぎる。

 介入していないと言っても過言ではあるまい。



 もしかして……介入したくとも、できないのでは?





 まさかとは思うが―――人間には、抑止力が届かないのか?





「………っ」



 そこで垣間かいま見えた、新たな真理。

 私は騒ぐ胸を抑えながら、その真理について深く考え始めた。



 そもそも、世界が人間などという生き物を生んだ理由はなんだ?



 ……分からない。



 私が生まれた時には、すでに人間という存在が生まれて栄華を誇っていた。



 私がこの世界の創造者で、何もかもが思いのままにできるのだとしたら、人間なんて存在は産み落とさない。



 仮に生んだとしても、あんなに高度な知恵など与えない。



 人間が我々と同じように魔力を操り、傲慢にも世界の魔力にまで干渉しているのは、明らかに余計な知恵のせいだからだ。



 あれに、我々がどれだけ手を焼かされたことか。



 ……そうか。

 その時点で、色々とおかしいな。



 何故、人間ごときが世界の魔力にまで影響を及ぼすことができる?



 我々のしもべたる精霊たちも己の魔力を扱えるが、彼らは世界の魔力にまでは干渉できない。



 いや、



 それはきっと、彼らも〝世界を存続させる〟という大前提を無意識にり込まれているから。



 ―――では、人間はどうだ?



 人間は知らない。



 日々高めている己の技術が、時に自身が生きる世界を崩壊させかけているということを。



 私のように意図的に世界を滅ぼそうとしているのではなく、まるで無垢な幼子おさなごのように、何も知らないまま己の首を絞めているのだ。



 それは明らかに、世界が人間をぎょしきれていない証拠。





 もしかして―――だから我々が生まれたのか?





 全ての生き物を強制的に管理できる抑止力があるなら、世界の調律者など必要ないはずだろう?



 抑止力という完璧なシステムで回っていた世界に、ぽつりと生まれた人間という異分子。



 ねずみのように増えていく彼らは、これまでのシステムでは管理ができなかった。



 それに対応するための新たな管理方法として、直接人間に介入できる神という存在を創った。



 そもそも生まれた順番が違うのだとしたら、私が人間の起源を知らないのも頷ける。



 しかしその結果、神と人間が接してしまったことであの大災厄が引き起こされた。



 だから世界は我々の無意識に働きかけ、この世の存在に不干渉という鉄則に加えて、人間に触れることを禁忌とする戒めを作らせた。



 そういうことだったのか……

 それなら納得できる。



 いさかいどころか意見の不一致すら起こさない我々に、どうしてわざわざ鉄則や禁忌を作らせる?



 そういうルールを作るのは、それを破る存在がいるからだろう?



 ……今の私のように。



「はは……ははは…っ」



 新たな真理を解き明かした私は、笑うことしかできなかった。



 なるほどな。



 終焉しゅうえんつかさどるはずの私が、人間という種族一つも滅ぼせなかったのは、そういう理由だったのか。



 どうりであんなに血眼ちまなこになって探しても、人間を滅ぼすに至るほころびが見つからないわけだ。



 私の創造主たる世界でも滅ぼせない生き物を、創造主の意思からはみ出せない私が滅ぼせるわけがない。



 そして、世界が見つけられない人間の綻びを私が見つけられないのもまた道理。



 本当に、人間とはどんな生き物なのだ。

 何故彼らは、こんなにも特別なのだ。



 そう思うと、どうしようもなく胸が苦しくなった。





 そして……―――生まれて初めて、無性に泣きたくなった。





 その感情がなんであったのか。

 この時の私には分からなかった。

 本能的に、分かりたくないと思ったのかもしれない。



 さらに時間が流れてその感情の名前を知った私は、確実にまた心を壊してしまったから……



 しかし、深い闇に囚われた私は、それと同時にその中でまたたく光を見つけたのだ。





 世界に縛られていない、人間という大きな可能性を。




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