知らずにまとっていた鎧

〝……そろそろ、人間から離れてもいいのかもしれないな。〟



 そういえば、人間の存在の是非を疑問に思っていた時、ふとそんなことを考えた。

 そして私は、もう少し見極めの時間が欲しいからと、その場にとどまることを選んだ。



 あの時は、気まぐれのように人間から離れようかと思っただけだったが……もしもあれが、抑止力によってもたらされた気持ちなのだとしたら?



 私はその時に、自分の意思で抑止力に逆らったことにならないか?



 一体、何故……



 疑問はひとまず脇に置いておき、次の記憶に手を伸ばす。



 なんとなく、考えの突き詰め方が分かってきた気がする。

 このまま、私の行動と私の気持ちの関係を論じてみよう。



 人間は不要だと判断して彼らを滅ぼそうと手を回していた時、私は何を考えていた?



 人間に手を出してはならないのに。

 禁忌を犯していることが苦しくてたまらない。



 そう考えてはいなかったか?



 では、その次。



 人間を滅ぼすために、世界自体を滅ぼしてしまおうと思ってからは?



 この世界を終わらせてはいけない。

 私の役目は、そんなものじゃない。



 強い使命感にさいなまれ、心の葛藤かっとうだけではなく、本来は感じないはずの体の不調にまで襲われていた。



(なんということだ……)



 記憶の整理が終わった私は、茫然とする。



 私の気持ちが強くなればなるほど、抑止力の力も強まっているではないか。

 やはり、抑止力はずっと私のことを捕らえているのだ。



 ならばおそらく、最初のきっかけとなったあの時は、抑止力が働かなかったのではない。



 抑止力は私の意識を正そうと働いていたが、私がそれを感じなかったのだ。



 何故だ?

 何故私はあの時、抑止力を感じなかった?



 そして、ここまで強くなった抑止力に今もなお逆らって自我を保てているのは何故なのだ?



 これまで人間に介入してきた時と今とで、私の何が違う?



 私の思考は、そこで堂々巡りを繰り返した。



 誰の力を借りることもできず、私の中で答えを見つけるしかない、出口の見えない闇。

 私は、どれくらいその中をさまよっていただろう。



 考えることにも嫌気が差し、積もり積もった苛立ちを抑えることもできず―――私はとっさに、目の前にあったテーブルを殴りつけてしまった。



 その瞬間、腕から全身にかけて引きつれたような痛みが響く。



(ああ……この体も、そろそろ限界だな。)



 そんなことを思って、また憂鬱ゆううつになる。



 どうせ近々、また愚かな人間どもが次の器でも連れてくるのだろう。



 器……



「―――っ!!」



 私は思わず、自分の体を見下ろした。



 そうか。

 明確な違いが、ここにあるじゃないか。



 人間に直接介入したことは数あれど、こうして人間の肉体をしろにしたのは、あの時が初めてだ。





 まさか―――人間の体が、私を抑止力から守っているのか…?





 本当にまさかという推測だったが、考えついた瞬間、答えはこれしかないと思った。



 あの時から私は、ずっと人間の体に宿り続けてきた。

 その時間の中で、人間たちはより私に適合する器はどんな体かと研究を重ねてきた。



 その研究は確実に実を結び、今私が宿っているこの体は国内―――いや、全世界で見ても屈指の魔力を持った最上級品だ。



 最初は私を受け入れることに数ヶ月しか耐えられなかった肉体が、今や数年は持つくらいにまで強化されている。



 人間の体が私を抑止力から守るよろいとして機能していると仮定するならば、その鎧の強度が増しているからこそ、私は強くなった抑止力にも耐えられている。



 そういうことなのでは?



 そこまで思い至った私は、すぐに実験に移った。



 これまでは人間が連れてくる器に言われるがまま乗り移るだけだったが、その器の選定と教育に積極的に関与するようにしたのだ。



 人間が私への適合度を推し量るよりも、私が直接見繕う方がいい結果を生むに決まっているからだ。



 そうしてまた長い時間を経て、私は確信する。



 人間が抑止力をさまたげる大きな要素だということは、もはや疑いようのない事実であると。



 私が器の選定をするようになったことで、器の好条件はより明確になった。

 そして、私をむしばむ抑止力の影響も大きく軽減された。



 なるほど。

 やはり、人間という生き物はあなどれないな。



 あの大災厄のきっかけが人間であったのも、単なる偶然ではなかったのかもしれない。



 ……しかしまあ、皮肉な発見をしたものだ。



 愚かしくて、憎たらしくて。

 そうやって滅ぼそうと躍起になっていた存在である人間に、私がこれまで守られていたとは。



(ん…?)



 その時また、私の世界がぐるりと変わるような感覚がした。


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