戦乱の終結

 私はこう思ったのだ。



 魔力を凝縮させて実体を得られないなら、今ここにある実体をしろにできないだろうか、と。



 見下ろした人間の肉体を見るに、その身に巡る魔力はその辺の聖域よりも安定している。

 魂はすでに抜けた後なので、私が入り込んでも拒絶反応は起きまい。



 それに、毒をもって毒を制すというわけではないが、人間の争いを鎮めるのであれば、人間に紛れて人間の力を利用するのが手っ取り早いのではないか?



 もうほとんど手詰まり状態だったのだ。

 今は、どんな奇策にもすがりたい。



 私は人間の死体の一つを拝借し、人目につかない場所へ移動した。



 だめで元々の実験ではあったが、得られた結果は上々。

 案外すんなりと、人間の肉体に入り込むことができた。



 体の動きにも申し分ないし、この体で魔法を使うこともできる。

 難をあげるとするならば、物理的な肉体というものが重たくて仕方ないことくらいか。



 しかし色々と試しているうちに、この方法の決定的な欠点が浮き彫りになる。

 何発か魔法を放ったところで、宿っていた肉体がぼろぼろに崩れてちりになってしまったのだ。



 やはりすでに作られた肉体では、神の魔力を受け止めるには限界があるか。

 そんな感想を抱いたが、私は特に落胆はしていなかった。



 人間の肉体に宿れば、簡単に実体を得られる。

 その事実が分かっただけで、大きな収穫といえたからだ。



 魔法を数発撃つだけで肉体が崩壊するのは問題だが、もう少し実験を重ねれば、改善策も見つけられよう。



 この争いに終止符を打てるまでの時間さえ稼げればいいのだ。

 私が直接人間を導いてやれば、そんなに長い時間はかからないはずだ。



 そうして私は、いくつもの人間の死体に宿っては、実験を繰り返した。

 その結果として分かったのは、私が人間の肉体に宿れる時間を左右する大きな要素は二つあること。



 一つは、生前に持っていた魔力量。

 もう一つは、魂が肉体を離れてからの時間。



 つまり強力な魔力を持っており、なおかつ死して間もない人間の体に宿れば、理論上は最大の時間を確保できる。

 その上で人間の肉体の生命活動を維持させてやれば、さらに時間を引き延ばすことも可能だ。



 それなりに仮説を立てられた私はまず、大陸の中でもより強い魔力が渦巻く地点を目指した。



 辿り着いたのは、とある一国の城。

 そこにいる人間は、どの者もかなり強い魔力を有していた。



 ここであれば、第一の条件である魔力量は問題ないだろう。

 あとは死にかけの人間を捜して、しろの候補を見繕っておくか。



 城の中を探ってみると、怪我人や病人が詰め込まれている部屋がいくつかあった。

 やはり戦乱の最中さなかということもあり、どの部屋も満員状態である。



「……ん?」



 そんな折、私はとある部屋の前で立ち止まった。



 扉の奥から聞こえるのは、微かなうめき声。

 そして漂ってくるのは、他をしのぐ強力な魔力。



 興味が湧いて、部屋の中に入ってみた。



 広い豪奢ごうしゃな部屋では、少年が一人で眠っていた。

 顔色は紙のように青白く、額にはいくつもの脂汗を浮かべている。



「これは……」



 苦しむ少年を見下ろし、私は思わず呻いてしまった。



「人間め、力の核にまで手を出していたか…。むごいことをする。」



 おそらく外部からの魔法で、力の核の魔力生産量を上げようとでもしたのだろう。

 少年に宿る力の核にはいくつもの魔法の痕跡が穿うがたれており、彼の魂はその余波でかなり傷ついていた。



 結果として魔力量を増やすことには成功したようであるが、当人が動けなくなるようでは本末転倒。

 可哀想ではあるが、この少年はもう長くあるまい。



「あなたは…?」



 その時、か細い声が耳朶じだを打つ。

 それでふと我に返ると、薄目を開いた少年がまっすぐに私を見つめていた。



「驚いた…。私が見えているのか。」



 なんということだろう。

 精霊を見る人間がいることは知っていたが、まさか神である私まで見る人間が存在したのか。



「あの……お願いします。」



 戸惑う私に、少年は必死に手を伸ばしてきた。



「どうか……どうか、この国を助けてください。王家も国民も、もうぼろぼろなんです。こんな戦争、早く終わらせて……みんなが、笑顔に戻れるように……」



 何故その少年が、私にそんなことを訴えたのかは分からない。

 真意を聞こうにも、言葉の途中で少年は意識を失ってしまった。



 そしてその後、一度も目覚めることなく――― 彼は、息を引き取った。



 これも戦乱のせいだろう。

 少年を見送る人間は、数えるほどしかいなかった。



 そんなに悲しむくらいなら、こんなむごい研究も戦争もしなければよかったものを。



 人々が悲しむ声を聞きながら、私は空になったばかりの彼の肉体に入り込んだ。



 突然起き上がった彼の姿に、周りの人間はかなり驚いたようだった。



「ほほう…。ここまで違うものか……」



 宿った体の感触を確かめ、私は自分の仮設の正しさを知る。



 強力な魔力に加え、私をも視認するという素質もあったのだろう。

 彼の肉体は、今までで一番の快適さを誇っていた。



 とはいえ、この肉体にいつまで宿っていられるかは未知数。

 やるべきことは、さっさと終わらせなければ。



「ああもう。うるさいぞ、お前たち。」



 いい加減聞き流すのも限界で、私は不愉快だと示すような口調で周囲を静める。

 彼らは私に、まるで化け物でも見るかのような目を向けていた。



 どうせ、用が終わったら去るのだ。

 どう思われても構うまい。



「おい。この戦いを指揮している人間の元へ連れていけ。」



 ベッドから降りて、私は未だに混乱している様子の人間たちに言ってやる。



「戦いを終わらせたいのであろう? いいから、私の言うとおりにしろ。」



 それから私は、思いのままに振る舞った。



 戦争の主導権をかっさらい、その国の人間のあらを容赦なく指摘してこき使いながら、私自身も前線に立って力を使った。



 初めは反発した人間たちも、私が使う魔法の威力に恐れおののき、やがて私の命令に従うようになった。



 やはり、手駒がいるのは便利だ。

 ここは大陸の中でも、特に魔力と魔法の才に優れた者が集まる国だったらしく、私が少し魔法の手ほどきをしてやっただけで、みるみるうちに技術を飛躍させていった。



 私が主導者に立った国は快進撃を続け、それまでの悲惨さから考えると、あまりにも呆気なく戦乱は終結した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る