神も手を焼く存在

 あれはもう、どのくらい昔のことだっただろうか。

 気が遠くなるくらい昔の話だ。



 広い世界のとある大陸で、大陸全土を巻き込むレベルの大戦が勃発した。



 たかだか人間同士の争い。

 いつもであれば、我々が介入することはなかっただろう。



 だが、戦乱が起こった場所が問題だった。



 あの大陸はとある事情により、世界中を巡る魔力の大河がいくつも集まっては交差する場所。



 常に一定量以上の魔力が堆積たいせきしており、その濃度も他の地域に比べて異様に高い。



 今やあの大陸に満ちる魔力が世界の中核を担うまでになっており、あの大陸の魔力バランスを保つために、多くの神や精霊が投入されていた。



 そういう地域柄のせいなのか、そこに生きる人間が発達させる魔法技術には目をみはるものがあった。



 自身の魔力だけではなく土地に宿る魔力を扱うことも自然と覚え、普段から魔力に意識を傾けている暮らし故なのか、なんと精霊の姿を視認する者まで現れるようになった。



 次第にとある国に魔力に恵まれた人間が固まり始め、さらに魔法技術の研鑽けんさんが進む。



 魔力が堆積する土地で、魔法にけた人間が争う。

 それは、人間が知らないところで我々を悩ませることになる。



 人間たちはこの戦争で、自身の魔力のみならず、周囲に満ちる土地の魔力ですらも遠慮なしに使っていった。



 その消費量はすさまじく、魔力バランスを保つ精霊神とその配下である精霊たちの尽力があっても、崩れた魔力バランスを元に戻すことは叶わない。



 それどころか、人間たちの魔の手は精霊たちにまで伸び、精霊たちが無残に命を落とすことまで横行し始めた。



 肉体としての体を持たない我々は怪我や病気とは無縁であるが、自身の姿を保つものが魔力だけである故に、周囲の魔力の影響を如実に受ける。



 人間たちが常に攻撃的な魔力を放っているせいで、それから身を守ろうとした結果、精霊たちは時間と共に自身の魔力を使い果たしてしまうのだ。



 中には人間からの呼びかけに応えてしまったことで、人間に自身の魔力を食らい尽くされてしまった精霊もいた。



 このままでは精霊が駆逐され、魔力バランスを維持することができる者もいなくなり、世界が崩壊してしまう。



 結局、私が動く他に打開策はなかった。



〝どうにかして、この争いに終焉しゅうえんをもたらしてこい。〟



 おさはそう言うが、なんと難易度が高い要求か。



 我々の手をもってしても、人間は一筋縄で治められる存在ではないと、長も分かっているだろうに。



 我々神は、有事の際を除いてはこの世に生きる生き物に接触してはならない。



 特に人間に関しては、大災厄と呼ばれる過去の事件を機に、緊急時であっても触れてはいけない禁忌だとまで言われているではないか。



 全ては我々が介入することで混乱を生じさせないためだとはいえ、厄介な決まり事である。



 長がそう決めた時には私も賛成したし、今もその決まりを破ろうとは思わないが、おかげで打てる手に制限がかけられてしまうのが難点だ。



 それでも多くのほころびに干渉し、どうにか戦乱を落ち着けようと努力した。

 しかし、人間とはかくも厄介な生き物である。



 彼らが扱う強力な魔法を滅してみれば、すぐに代わりとなる魔法を編み出してくる。

 人間を襲えと動物をけしかけてみても、彼らはすぐに対策を打ち立ててしまう。



 狼狽うろたえたのも一時の出来事で、そのうち〝いい食料になるから〟と言って嬉々として動物を迎え撃つようになった人間を見た時は、溜め息しか出るものがなかった。



 ―――これはもう、私が直接介入するしかないか。



 やむを得ないと判断して長に許可を取り、私は仕方なく人間たちが生きる世界に降り立った。



 さて。



 私が人間に介入するためには、全ての人間に私の姿が見えるよう、魔力を凝縮させる必要があるわけだが………



 しばらく大陸中をさまよい、私は頭を抱えることになった。

 私の姿を具現化できるほどに魔力が安定した地域が、どこにもないのだ。



 まさか、精霊たちの住処すみかである聖域まで、これほどに魔力が枯渇して荒らされた状況にあったとは。



 精霊神たちに話を聞きに行けば、精霊の数が減りすぎたせいで人間を拒む聖域の力そのものが弱っており、人間が我が物顔で侵入してくる事態にまで陥っているというではないか。



 これは、もはや大災害だ。

 下手すれば、あの時の大災厄に匹敵するほどの事態だと言える。



 確かに終焉しゅうえんの権限を持つのは私だけだが、さすがの私にも、人間一人一人をちまちまと滅している時間などないぞ。



 そんなことをしている間に、世界の方が滅んでしまう。



 かといって、長が他の神に人間への介入を許すとは思えないし……



 頭が痛くなってきたような気がする。



 とにかく今は、なんでもいいから手がかりを集めなければ。

 そう思った私は、人間たちが争う最前線に向かってみることにした。



 初めて間近で見る人間たちの争いは、思わず感嘆の息が漏れるほどに洗練されていた。



 神の私から見れば、魔法の威力もそこに込められた魔力の量も微々たるもの。

 しかし、それも集団となればここまでの技術に育つのか。



 以前の大災厄もそうであったが、人間の争いから生まれる技術は馬鹿にできないものだ。



 試しにそこから人間の邪魔をしてみたが、どんな妨害にも彼らは怯まない。

 双方、ある程度の妨害は想定済みということか。



 集団による結束力と、無駄なほどに高い知能。

 これが人間の圧倒的な武器であり、最もむべき能力とも言えよう。



 溜め息をつきながら、周囲の観察を続ける。

 そんな最中さなかでふと目に留まったのは、足元に転がる人間の死体だった。



 ―――そうか。



 その時、はたとひらめいた。


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