残酷な殺し合い

(くそ……見えない…っ)



 ほころびを断ち切る剣を手に、実は苦戦をいられていた。



 レティルに教えられたことで、糸に加えて点にまで意識がいくようになった。

 彼が物理的な存在の綻びだと言ったのは、本当のことなのだろう。



 周囲に立ち並ぶ木々。

 地面に根を張る草花。



 少し目をらせば、それら全てに黒い点が存在しているのが見える。



 世界からの抑止力を受けないという人間の肉体にも、肉体を破滅させる一点はあるようだ。



 そうやってあらゆる糸や点が鮮明に見えようになっているのに、レティルの周囲だけが蜃気楼しんきろうのようにかすんでいる。



 何度もレティルの綻びを見ようとしているうちに、点らしきものは見え隠れするようにはなったのだが、実はそれをあえて意識から追い出していた。



 時おり見えるあの点は、あくまでもレティルが宿っている肉体の綻びでしかない。

 そこを突いたところで、彼が人間の肉体を失うだけだ。



 本来は実体を持たないレティルを滅ぼすのであれば、見なきゃいけないものは別のもの。



「は……はぁ…っ」



 心臓がどくどくと早鐘を打っている。

 息も肩も大きく上がる。



 だめだ。

 乗せられるな。



 本能がそう叫んでいる。



 でも―――やらなければ、皆が……



 早くも精神的に限界が近いこちらに対し、レティルは平常心で涼しい顔を保っている。



 彼の目的は、自身を滅ぼしてもらうこと。

 自分を戦闘不能にしては元も子もないので、その攻め立て方はかなり優しいものだった。



 たまに襲い来るレティルからの強力な一撃は、世界の守りだという結界に阻まれて自分に届かない。



 しかし、その守りは自分が守りたいと願う人々までは守ってくれない。



 まるで、自分さえ無事なら他はどうでもいいとでもいうかのように。



(これが……世界の意思だっていうのかよ…っ)



 奥歯を噛んで、実はレティルの攻撃をかいくぐって身を躍らせる。

 レティルに無防備な背中をさらすことになるが、そんなの気にしていられるか。



 この戦いにおいて、自分の体への配慮などゴミ同然。

 どうせレティルには、自分に致命傷を負わせることはできないのだから。



 それでも、自分の心は容赦なく追い詰められていた。



 意識のない皆を守るために防御結界を展開するが、綻びを突けるレティルの前には意味をなさない。



 こちらが一時しのぎで結界を張っては、レティルが遊ぶようにそれを壊すの繰り返しだ。



 今のところ、彼は桜理たち全員の結界を一気に破ることはせず、目についた一人だけの結界を壊しては、自分が結界を張り直すまで次の攻撃を待っている。



 しかし、このたわむれのような時間もいつまで続くことか。



 レティルがその気になってしまえば、ここにいる皆は一瞬でちりと化してしまうのだろう。



 これが、神としての彼の実力……



 敵う気がしない。

 でも、止まれない。



 誰かが一人でも犠牲になってしまえば、その瞬間に自分の心は粉々に砕けてしまう。

 それだけは分かるのだ。



「ふむ……思った以上に手こずっておるな。」



 どのくらいの時間が経過した頃か、レティルが呟いた。



 彼がしびれを切らしてしまったのかと肝が冷えたが、彼の発言は単なる感想でしかなかったようだ。



「答えを教えてさっさと済まさせてやりたいところではあるが、さすがの私も、自分自身の綻びは見えぬからな……」



 暢気のんきな口調で言いながら何かを考えていたレティルは、ふとした拍子に「そうだ」と表情を明るくする。



「では暇潰しに、私が真理に至るまでの話でもしてやろう。」



 そうして彼は語り出す。



 彼が歩んできた、途方もなく長い苦しみの道のりを。


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