終焉の力

 目の前に見えている糸は、あらゆる存在のほころびであると同時に、世界からの抑止力の一部が形になったもの。



 この世界に生きる全ての存在が、抑止力に縛られている。

 でも唯一の例外として、人間にはその抑止力が作用しない。



 頭が勝手に、これまでに得た情報を復唱する。



 その情報の正しさを確かめるように。

 意識してもいないのに、視線が拓也たちの方へと移動する。





 ―――だからこの糸は、人間に絡んでいない…?





「気付いたか?」



 実が何を見て言葉を失っているのかを察し、レティルは満足げに笑った。



 これ以上の反論は、用意できなかった。

 自分の頭で気付いて、自分の目で確かめてしまったのだ。



 その結果もたらされた事実を、どう否定しろと……



 また一歩、心が追い詰められたような感覚がする。



「さて、お前にコレが見えていることは今の話で分かった。では……コレは見えるか?」



 レティルが指し示したのは、聖木のとある一点。



「………?」



 見えるかと問われたら、思わず目をらしてしまうのが人間の心理。

 実は目をすがめて、レティルの指先を見つめた。



「なんか……黒っぽいのが……」



 詳細は判然としないが、レティルが示す場所には黒くぼやけた何かがある。



「―――合格だ。私の力は、きちんとお前に根付いているらしい。」



 実の答えを聞き、レティルは笑みを深めた。



「どういう意味だ…?」

終焉しゅうえんの力を持つ者に見える綻びには、二つの種類がある。」



 実の疑問に答えるように、レティルがまた解説を始めた。



「簡単に言うのであれば、実体のない存在の綻びは糸状に、そして物理的な存在の綻びは、このような点に見えるのだ。見えるだけなら特に問題はないが……もしも資格を与えられた者が、滅ぼすという明確な意思を持ってコレに触れれば―――」



「―――っ!?」



 その瞬間、全身を戦慄が駆け抜けた。



「やめろ!!」



 とっさに叫ぶも遅い。



 レティルの指が、躊躇ためらいなくその点に触れる。



 次の瞬間、聖木から不自然な量の葉が落ちた。

 そしてあっという間に、巨木の輪郭が失われる。



 目を見開く実の前で、そこにあったはずの聖木は、ちりとなって消えていってしまった。



「そんな……」



 実は声を震わせるしかない。



 なんと凶悪な能力だろう。



 触れただけじゃないか。

 たったそれだけのことで、相手はなすすべもなく滅びるしかないというのか。



 果てしないほどの長い時間を生きて、大きな力と膨大な知識を得た存在ですらも、こんな一瞬で……



 立ち尽くす実の耳に、何やら重たい音が響いたのはその時。



 そちらを見ると、木に寄りかかって座っていたはずの桜理が、意識を手放して地面に倒れ伏していた。



「―――っ!!」



 それでようやく現状を把握する。



 何を呆けているのだ。

 今レティルが滅したのは、桜理を守る聖木の一本ではないか。



 彼の手によって、三つの誓約の内の二つもが破壊されたことになる。



「てめぇ…っ」



 実の顔が、再び憤怒に染まる。



「さあ、これでも殺せないと、殺したくないとのたまうか? 私を放っておけば、お前が大事にしている人間が次々とこうなるぞ?」



「―――っ!?」



 突きつけられた現実に、心臓が痛いくらいに収縮して息がつまった。



 だから彼は、わざわざ皆をここに集めたのか。

 自分が、彼の要求に応えざるを得ないように。



「くそ! そこまでして死にたいのかよ!?」



「ふふふ…。お前は、どうも手ぬるいからな。私と道連れに死刑台に上がらせなければ、そのやいばを抜くことはできまい?」



「死刑台、だと…?」



「そのとおり。ここは、どちらかが死ぬまで抜けられない処刑場よ。私にはお前の肉体や魂を殺すことはできないが……お前の心は、殺すことができるからな。」



 死を宣告する神はわらう。



 その金色の双眸に、大きな期待を込めて。

 自分の滅びが訪れる時を、今か今かと待ちわびるように。





「さあ―――殺し合いを始めよう?」





 残酷な戦いが、幕を開ける―――


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