〝戻ってこい〟
「あたっ!?」
「何やってるんだ、紫苑!!」
反射的に叫んで頭を押さえる実と、顔を真っ青にして悲鳴をあげる蓮。
「―――戻ってこい。」
痛みをこらえて
その真意を掴みあぐねて、実は呆けた表情で紫苑を見上げた。
「一旦は、お前の言い分を飲んでやる。だからさっさと向こうでの厄介事を終わらせて、みんなでまたここに戻ってこい。」
「そ、そんなこと―――」
「できるよ。」
否定しかけた実の声を、紫苑は自信に満ちた声で打ち消す。
「一度は繋がった道だろ? だったら壊したとしても、絶対にまた作り直せるはずだ。お前一人では無理だったとしても、拓也やなお
「そ、そうは言っても、百パーセント戻ってこられるとは―――」
「言い訳すんな!!」
一喝した紫苑は、実にびしっと指を突きつける。
「いいか!! 約束だからな!? 絶対に戻ってこいよ!? もし戻ってこなかったり、戻ってきた時もそんなしょぼくれた顔なんかしてたら、永遠にお前のことを呪ってやる。いいからお前は、いつもみたいな生意気で涼しい顔を見せに来ればいいんだよ。それと、おれからなお兄を取り上げんな。」
「………」
その場に、微妙な空気が流れた。
ものすごく感動的な空気になる流れだったはずなのに、最後の一言で全部台無しである。
「そっちが本音じゃん。」
言い回しを考える前に、思ったことがそのまま口から零れてしまった。
紫苑の尚希好きにも困ったものだ。
これだから、九条家の人々の中でも紫苑との遭遇率がべらぼうに高いのだ。
どんな嗅覚を持っているのか、たまに地球に戻ってくると、絶対に彼が家に押しかけてくるのである。
素朴故に強烈な実の突っ込みに、紫苑が怒りに恥ずかしさにと顔を朱に染める。
「うるさい! でも、そんな減らず口が叩けるなら心配いらないな!?」
「あー……はいはい。心配ご無用です。」
「かーっ! なんだよ、その棒読み!! 相変わらず、上から目線でムカつくーっ!! 蓮、伯父さん! 一体、こいつのどこが純粋で可愛いってんだ!? 正反対なんだけど!?」
実を指差したままの紫苑が、噛みつく相手を変える。
「どう見ても、紫苑が子供っぽく突っかかってるせいだと思うけど。精神年齢が完全に負けてるんだよ。そりゃ〝はいはい〟で済ませるって。」
吠えられた蓮は、紫苑を一刀両断。
それを聞いた隆文が小さく噴き出す。
「なっ……なんで蓮は、いっつも実の味方なんだよ!! おれの方が、何倍も長く一緒にいたのに!!」
紫苑が露骨に傷ついた顔をするが、一方の蓮は〝何言ってんだ、こいつ?〟とでも言いたげ。
「なんで、聞き分けのない子供の味方に回らなきゃいけないのさ。可哀想なのは、何もしてないのに絡まれる実君の方じゃないか。」
「逆に、なんで蓮はこいつにムカつかないの!?」
「はい? 僕はむしろ、実君の態度にも言い分にも共感しか湧かないんだけど。」
「そんなぁ!!」
「あー……紫苑、落ち着こうか。」
その時、見かねた尚希が紫苑の肩を叩く。
「実と蓮君って、十中八九同じタイプの人間だと思う。こういう同類って、異常に仲良くなるか嫌い合うかの二極なんだよ。タッグを組まれたら勝ち目なんてないから、突っかかるのはやめとけ。その分、オレが話を聞いてやるから。」
「なお兄ぃ~……」
蓮に敵に回られてどこか焦った風だった紫苑は、尚希を見た瞬間に瞳を潤ませる。
「絶対……絶対に戻ってきてくれよ? おれ、まだなお兄に教わりたいことがいっぱいあるんだからな…っ」
「あはは…。こりゃ、死ぬ気で頑張って戻ってこなきゃな。万事解決して平和になったら、オレの実家にも遊びに来るか?」
「行くうぅー…。やっぱおれには、なお兄しか味方についてくれる人がいねぇよぉ……」
「ははは……」
泣きつく紫苑に、尚希は苦笑い。
これで手懐けていないし手懐けられていないなんて、どの口が言うのだろう。
蓮と拓也は息を吐きながら呆れた視線をやり、隆文は大笑いするのを必死に我慢して肩を震わせている。
そんな中、実は柔らかく微笑む。
(全部、終わらせたら……)
宣戦布告のような勢いで紫苑から託された約束が、何度も脳裏で反響する。
自分が持っている
しかし、逆に作るとなるとどうなのだろう。
正直なところ、そちらの自信は全くない。
でも……
(戻ってきてもいいって……そんな夢を見てもいいのかな…?)
灯ったのは、小さな希望。
たくさんの人に別れを告げた。
その度、皆が一様に必ずまた会おうと言ってくれた。
やっぱり戻ってこられるとは限らないから、紫苑たちや皆に帰ってくるとは明言できないけど。
……それでも、そうできたらいいなって。
そんな風に、ささやかな願いを胸に抱くことくらいは許されないだろうか。
「ダメ元でいいから、信じてみろよ。」
優しい声が降ってきたのは、その時。
「お前はもっと欲張れ。おれは何度も、幸せを諦めるなって言ってるだろ。そんな微かな希望を持つことすら
拓也はこっそりと囁いて、皆に見えないところで肩を叩いてくれる。
自分も五感が鋭い方だとは思うが、拓也のずば抜けた嗅覚には完敗だ。
彼の鼻は、一体どこまでのことを見抜けてしまうのだろう。
そのせいで苦労することも多いだろうし、自分がいらぬ心配をかけたこともごまんとあるだろう。
でも、そんな拓也の言葉は、いつだって自分の胸の深いところまで染み渡っていくのだ。
「……ありがとう。」
素直な気持ちで礼を言うと、それがごまかしではないと感じたらしい拓也も笑ってくれる。
もっと強く前を向こう。
ここにいる、優しくて温かい人々を信じて。
少し、胸のつかえが取れたようだった。
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