どうか、このまま―――

 皆で机を囲み、簡単に事のあらましを説明する。



 そしてその流れで、自分があちらの世界ではどんな存在であるかも打ち明けることにした。



 以前に尚希から話を聞いていた紫苑は不愉快そうに眉をひそめるだけだったが、初めてこの話を聞く蓮と隆文は、顔面を蒼白にして震えていた。



「そんな、酷な存在が……」



「あるんですよ。現に俺は、自分の中に自分ではない力が眠っていることを感じていますから。あの死神が妙に俺に執着したのも、この力に惹かれたからなのかもしれません。」



 隆文のうめきに、実は冷静にそう述べる。



「そんな状況で向こうに戻ったら、実君が余計に危ないんじゃないの?」



 続いて口を開いたのは蓮だ。

 彼の黒い双眸には、深い憐憫れんびんと大きな不安が渦巻いている。



 所変われば事情も変わるとはよく言うが、あれは本当のことなのだと実感する。



 故郷では恐れられて殺される運命にある自分も、地球ではあわれみを向けられる可哀想な存在のようだ。



「確かに、地球にいるよりは危険でしょうね。これまでに殺されかけた経験を数えたら、きりがないです。」



 素直に認めると、蓮たちは息をつまらせた。



 すでにそういう経験があるのだという自分の発言が、思いのほかショックだったのかもしれない。



 そして、そういうことが普通にまかり通っているあの世界の実態を、地球の常識では受け止めきれなかったのだろう。



「でも……だからといって地球に逃げることは、もう許してもらえないようです。俺が地球にしがみつこうとすれば、あの世界の人たちは俺が大事な人に手を出します。あちらの人間だろうと、こちらの人間だろうと、俺が〝大事だ〟と思った時点で、奴らにとっては格好のターゲットになるんです。拓也たちや蓮さんたちみたいに対抗できる力があればいいのですが……地球に住むほとんどの人たちには、そんな便利なものはないでしょう?」



「だから、世界を隔離して安全を確保しようと?」



「はい。地球の人たちに、迷惑をかけたくはないですから。」



「そんな、迷惑だなんて…っ」



 隆文の言葉に実が頷いたところで、蓮が焦ったような様子を見せた。



「実君、それが迷惑かどうかなんて、その人が決めることだよ!? 言ってくれれば、僕たちだって協力するのに―――」



「分かっています。」



 言い募ろうとした蓮を、実が食いぎみに遮る。



 冷たくえたその声は、以前の実を思い起こさせるような分厚い拒絶の壁を感じさせた。



「分かっています……これは、俺のわがままです。」



 深くうつむいて、膝の上で作った拳を強く握る実。



 ゆっくりと顔を上げて蓮たちを見つめた実には、先ほどまでのりんとした雰囲気はなかった。



「わがままだとしても、俺は皆さんを危険な目に遭わせたくない。俺はもう、大事な人から、本来あった幸せを奪ってしまったんです。あんな気持ちは、二度と味わいたくない。皆さんに何かがあったら……俺が耐えられない。」



 実は泣きそうな顔で笑う。

 そこにあるのは、絶望に打ちのめされた小さな姿。



「お願いします。どうか、このまま見送ってください。……俺の心が、壊れないために。」

「実君……」



 蓮と隆文は、もどかしげに目元を歪める。



 大事に想うあなたたちに被害が及べば、自分の心が壊れてしまう。

 そう言って涙ぐむ実に、一体どんな言葉をかけられるというのか。



「すみません。」



 部屋に重苦しい沈黙が降りそうになった時、拓也がすぐに口を開いた。



「申し訳ないんですが、今日はもうこれで…。こいつ、ここ数日の間、身辺整理で色んな奴らに別れを言ってるんです。こいつは自分が望んだことだって言って突っ走ってるけど……そろそろ、限界が近そうだ。一旦休ませて、落ち着かせてやる時間をください。高校を卒業するまではこっちにいる予定なんで、もしお話があれば、それまでに。」



 蓮たちの答えを待たず、拓也は実の肩に手を置いた。



「ほら。今日は帰るぞ。」

「……うん。」



 実はそれに逆らわず、拓也と尚希の二人に支えられながら立ち上がる。



「まったく。気の迷いが起こらないうちに、きついことは済ましちまおうって魂胆なんだろうけど、無茶しすぎた。すぐそうやって、自分を追い込む。」



「ごめん……」



「ほんとにそれな。実は、もう少し休むことを覚えた方がいいぞ。」



「すみません……」



 拓也と尚希それぞれに苦言を呈され、肩を下げて落ち込むしかない実。



 そのまま部屋を後にしようと、ふすまに向かった三人だったが……



「あっ……紫苑、待った!」



 後ろから、蓮の焦った声。

 振り返ると、やけに不満そうな顔をした紫苑が大股でこちらにやってくるところ。





 実の真正面に立った紫苑は、流れるような動きで―――実の頭に鉄拳を振り下ろした。




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