封印の強化

 硬質な扉に、そっと手をつける。

 鉄を思わせる冷たさを感じながら、深く集中して意識を研ぎ澄ます。



 久しぶりに触れた封印は、一片の揺らぎも見せずに安定している。



 よかった。

 これなら、この封印から離れても問題なさそうだ。

 しかし、念には念を入れておくべきか。



 今度は、封印を守る自分の魔法に意識を向ける。

 呼吸を落ち着けて、静かな小川のせせらぎのように魔力を展開。

 過去に組み上げた術式を壊さないようにしつつ、新たな守りを慎重かつ強固に編み込ませていく。



 自慢するわけではないが、ここまで複雑な守りなら、大抵の人間には打破できまい。

 それは拓也や尚希に限らず、地球の術者である彼らも同じ。



 自分たちが扱う魔法という技術は、一部を除いては流派など持たない、個々のオリジナル。

 術式の構成の仕方からその効果まで、全てが術者次第。



 例えば〝火を灯す〟という簡単な魔法ですら、その結果を導き出すまでの過程は十人十色なのである。



 自分が作る魔法の構成を、いかに見破られないようにするか。

 そして、いかに早く相手が扱う魔法の構成を見抜くか。



 誰もが魔法が使うあの世界で、一流という称号を冠するか否かは、そこで明暗が分かれるといえよう。



「ふう。」



 一通りの強化を終えて満足した実は、くるりと後ろを振り向いた。



「どう?」



 そこに控えていた一流の二人に問いかけてみる。



「どうって……」



 封印の扉を見上げる二人はひきつり顔。



「悔しい限りだけど、お前の魔法には脱帽するしかないな…。お前、この結界にいくつ効果を付加させたんだよ。しかも簡単に術式を解読させないために、ダミーの術式まで混ぜやがったな? 解読だけで何十年かけさせる気だ。」



「あー……拓也でそう言うってことは、オレには解読は無理そうだなぁ…。ま、術の構築をリアルタイムで見ててもさっぱりだったから、とっくに諦めてたけど。」



 プライドを刺激されて恨めしそうな拓也と、はなから張り合う気などないのか、空笑いを漏らすだけの尚希。



 この二人がここまで言うのであれば、魔法の仕上がりには問題ないと判断してよさそうだ。

 ひと安心した実は、ゆっくりと封印の扉から離れた。



「実君…。一体、何があったの?」



 戻ってきた実に声をかけたのは蓮だ。



「突然、僕だけじゃなくて父さんや紫苑まで呼んでくれって連絡してくるから、封印に何かあったんじゃないかって思ったんだけど……」



 不安と緊張がない交ぜになった蓮の後ろでは、隆文や紫苑も神経を張り詰めさせて待機している。



 拓也や自分が死神に目をつけられた事件を通じて知り合った三人。

 死神の封印が成功した後も、彼らとはそれなりに親しくする間柄になっていた。



 いつもはそれぞれが好きなように会っているのだが、今回わざわざ全員を集めたのには、もちろん理由がある。



「ああ、封印にはなんら問題はないですよ。さっきのは、俺がさらに予防線を張っただけです。」



 ひとまず蓮たちの不安を取り去ってやろうと、明るい声で断言する。

 そうすると、蓮たちの表情が少しだけやわらいだ。



「今回皆さんに集まっていただいたのは、大事な話があったからなんです。」



「大事な話?」



「はい。俺だけじゃなくて、拓也や尚希さんも関わる話です。だからこっちも、全員で来ることにしました。」



 本当は、蓮たちへの事情説明は自分だけでやるつもりだった。

 しかし、今度は蓮たちに会いに行くと言ったら、二人とも同行を申し出てきたのだ。



 まあ、二人も九条家には恩義を感じているだろうし、当然といえば当然か。



 大事な話と口にした瞬間に拓也と尚希が表情を引き締めたので、実もそれに合わせて神妙な面持ちをする。

 異世界組三人の雰囲気が変わったことを受け、蓮たちも姿勢を正す。



「俺たち全員、今後は向こうの世界で暮らすことにしました。もう二度と、地球には戻ってこないつもりです。」



「!?」



 単刀直入に結論を述べると、蓮たちは目を見開いて絶句してしまった。



「戻ってこないと言うと、ちょっと冷たいかもしれませんね。より正確に言えば、戻れなくなるんです。俺たちが向こうに帰ると同時に、地球とあの世界を繋ぐ道を壊しますから。」



「壊すってことは……実君たちに限らず、誰もが両世界間を行き来できなくなるってことだね?」



 訊ねてきたのは隆文だ。



 さすがは年長者。

 経験が豊富なだけに、次元の道を壊すことの意味をすぐに理解したようだ。



「そのとおりです。」



 実は小さく頷いて肯定。



「あちらの世界で色々とありまして……ちょっと、笑っていられる状況ではなくなりました。それを改善する最良の策が、これだと思ってもらえればと。道が絶たれたら、地球に身を置いているあの世界の人たちは全員帰れなくなりますが……みんな、あの世界に嫌気が差した人たちです。特に問題はないでしょう。そもそも、異世界どうしが繋がっている今が異常なんです。本来あるべき姿に戻すだけですよ。」



 蓮たちには、不穏な事情を包み隠さず伝える。

 それはひとえに、紫苑がいるからだ。



 彼らは紫苑の母親を通して、すでに異世界の存在を知っている。

 そんな彼らに建前を繕っても無意味だろう。



「――― おい。」



 道場のような広い空間に響く、剣呑な声。

 視線を滑らせた先では、紫苑が蓮たちとは違った険しさを滲ませてこちらを睨んでいた。



「その笑えない状況ってのは、お前の生まれに関わることなのか?」

「………っ」



 その問いを受けた瞬間、実の眉が微かに跳ねる。



「………」



 何も言わないまま、実は静かにまぶたを閉じた。

 その仕草が示す答えは一目瞭然。



「紫苑。詳しく話を聞かないまま、突っかかってはいけないよ。」



 紫苑の性格は熟知しているのか、隆文が穏やかな口調ながらも鋭く先手を打った。



「どうやら、ここで立ったまま話すようなことじゃなさそうだね。場所を移そうか。」



 隆文の提案に応えて、実たちは客間の一室に移動することにした。


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