〝思い出せ〟

「それから私とエリオスは、お前を本来の運命から遠ざけるために協力する同志となった。そしてあの日、お前の元へ世界からの介入があり―――私の知らせを受けてそれを止めにいったエリオスは、猶予ゆうよを与えられる代わりに、自らが苦しむ道を選ばされることになったというわけだ。」



「―――っ!! こんの…っ」



 プツン、と。

 脳内の血管が、数本は千切れたような気がした。



 実は両手で剣を握り締めると、衝動のままにレティルへ斬りかかる。

 それを皮切りに、また二人の間で激しい攻防戦が繰り広げられる。



「肝心なところをぼかすな!! 一体なんだったんだよ! 父さんがあんなに苦しんでまで遠ざけた、俺の本来の運命ってのは!? お前たちは―――世界は、俺をどこに連れていこうとしてるんだ!?」



 実は、血を吐くように叫ぶ。



 何が〝教えてやる〟だ。

 先ほどからの長ったらしい話の中で、彼は重要なことを何一つとして話していない。



 〝鍵〟を巡る神たちの計画がなんなのか。

 その計画の上で、自分はどんな運命を辿るはずだったのか。



 そしてレティルは、運命から解き放った自分に何をしてほしいのか。



「もう…っ、分かんねぇよ!!」



 ぐちゃぐちゃになった気持ちが、頭を掻き回してくるようだ。

 実は怒りに体を震わせる。



「いい加減にしろ!! 俺も父さんも……お前たちの道具なんかじゃない!!」



 胸をあぶるようなこの怒りを、自分はどうすればいいというのだ。



 じゃあ何か?

 父は最初から、〝鍵〟という存在を生み出すためだけに、この世に生を受けたというのか。



 予知能力に目覚めたのも、世界が父に〝鍵〟を守らせようとしたからだったと?

 そのために、あの優しい父がどれだけのものを犠牲にしたと思っているのだ。



 物心つく頃から大きな恐怖に囚われて、普通の子供のように夢も見られなくて。

 必死に未来を変えようと努力したのに、そのどれもが報われなくて。



 そのせいで、父はずっと地獄を歩んでくるしかなかったんだぞ?



 いずれ〝鍵〟を生み出す運命だったにしろ、せめて子供の間くらい、幸せでいさせてあげることはできなかったというのか。



「くっ…」



 思わず噛み締めた唇から、血の味が広がる。



 悔しい。

 もどかしい。



 自分という存在のために、父は―――



 そう思うと、脳裏が真っ赤になりそうだ。



「この……くそ野郎!!」



 燃え上がる怒りを、ただ目の前の相手にぶつけることしかできない。



 彼だって、無意識を操られた挙げ句、その事実に打ちのめされた存在だってことは分かった。



 分かったけど、彼は全てを操る〝世界〟という悪魔に最も近い存在でもある。



 世界が見えない以上、自分はこの悔しさを彼以外の誰にぶつければいいというのか。



「くそっ……なんなんだよ、世界って!! 教えろよ!! 俺は……俺は、誰をぶっ飛ばせばいいんだよ!?」



 激情の逃がしどころがなくて、実は狂ったようにレティルに剣を振り下ろす。



 そうしないと、自分が狂っておかしくなってしまいそうだった。

 八つ当たりなのは百も承知だ。



 しかし、そんな八つ当たりにレティルはひどく歓喜していた。



「ははは! いいぞ、その顔! その感情! そうだ、もっと怒れ。人間も世界も、全てを恨むがいい! あの時の絶望を思い出せ!!」



 愉悦に満ちた表情で言うレティル。

 その言葉に、引っかかりを覚えた。



「―――?」



 動きが止まる。



 どういうことだ?



 確かに自分は人間に絶望していたが、恨むなんてことまではしたことがない。

 それなのに、思い出せとは?



 ざわざわと胸が騒ぎ立てる。

 そんな自分を見つめるレティルは、まるで人形のようにうつろな無表情になった。



「エリオスは、本当に私の望むように動いてくれた。―――途中までは。」



 彼の口腔から発せられる声も、全ての感情を失っている。

 それに、途方もない恐怖を覚えた。



 無条件にこの後の展開を嫌がる自分がいたが、レティルは止まらない。

 剣と腕を交えた体勢のまま、彼はこちらにもう片方の手を伸ばした。



「あのまま、彼が何も気付かずにいてくれれば……お前は、私だけの愛し子になったはずなのに。」



 肌に触れた指先は、言葉どおり本当に愛しげだった。



「何……言って……」



 やめろ……

 言うな……



 心が切に訴える。



 しかし―――



「ああ、可愛いルゥよ。私はお前を、本当に大事に育ててきたのだぞ?」



 狂った笑みを浮かべて実の頬をなでながら、レティルはまた語り出すのだった。


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