第4章 憎悪という狂気が見出した可能性

至ってしまった真理

「……んな話を俺にして、一体なんになる!?」



 レティルの攻撃を弾き返した勢いで、実は強い口調でえた。



 こいつが人間に愛想を尽かしていることなんて、とっくの昔から知っている。

 今さらこいつの過去を知ったところで、自分にはなんの得もないというのに。



「う…」



 叫んだことで大きく息を吐き出した瞬間に、視界が大きく揺れる。

 なんとか片足で地面に踏ん張って、実はしたたってくる汗をぐいっと拭った。



 まずい。

 魔力が湯水のように減っていく。



 セリシアを助けた時は、この剣を一度使っただけで倒れそうになったのだ。

 これ以上時間を浪費すれば、体が持たない。



 そして体以上に、心が限界だと悲鳴をあげている。



 しかし一瞬でも気を抜けば、その瞬間に誰かが犠牲になってしまう。

 その恐怖が、自分に休むことを許さない。



「おかしいとは思わないか?」



 そんな実の様子など目にも入っていないのか、楽しげなレティルは語ることをやめない。



「私は終焉をつかさどる神。あらゆる存在や事象に終焉を与え、創造の神に次なる創成への道を渡すのがその役目。私が終わりを求めるのはごく自然なことのはずなのに、他でもない私自身が、終わらせるなと訴えてくる。本能が、存在意義に矛盾しているのだよ。」



「だからなんだっていうんだよ!!」



 そんなこと、自分が知ったことではない。



 彼の目的はなんだというのだ。

 無駄話を聞かせることで油断を誘い、その隙に桜理たちをどうにかしようという魂胆なのだとしたら、こんなに下劣な奴はいない。



 一刻も早くレティルの周囲に巡る糸を見抜かなければいけないのに、常に桜理たちに張った結界のことも気にしなければならない。



 集中力も魔力も分散させるしかないこの状況で、彼の長話に付き合う余裕などなかった。



 戦いが始まってから次第に興奮していく実をなだめるように、レティルはまあまあと手をひらめかせた。



「とりあえずは聞いておけ。これは、私からの遺言みたいなものだ。今後のお前にも関係してくる。」

「は…?」



 胡乱うろんげに眉を寄せる実。

 レティルはそこについては言及しないまま、自分が進めたいように話をするだけだった。



「他でもない自分の気持ちに疑問を持った私は、あれから己という存在について、何度も考えた。私の使命は、この世界を存続させるために、不都合な物事を滅すること。……世界を存続させるため? 何故、そんな前提が必要なのだ? そもそも私が胸に抱くこの使命は、誰から与えられたものだ? 私が自分で定めた使命なのか? だとすればそれはいつ、どんなことをきっかけに定めたものだ? そうやって記憶をさかのぼった時……私は、その答えを何一つ持たないことを知った。」



「答えが……ない…?」



 それはどういう状況なのだろう。

 いまいち想像がつかない。



 実の疑問を感じ取ったらしく、一つ頷いたレティルはすぐにまた口を開く。



「私は、自分自身がいつ生まれたのかを覚えていない。気付いたら当然のように終焉の力をふるっていて、当然のようにこの使命を胸に抱いていた。おさに命じられたわけでもなく、私自身がそう決めたのでもなく、ただそうあるのが自然なように、己の使命を定めていた。そこに……確固たる理由などなかったのだよ。」



「そんなの、単純に忘れているだけじゃないのか?」



 自分としては当然の疑問。

 しかし、レティルはそれに首を振る。



「私だけではないのだよ、これは。私はこの役割の都合上、同じ神にも終焉をもたらしたことがある。そしてその時に、新たな神が生まれる場にも居合わせた。生まれた神は誰にも教えられないまま、私が滅した神と同じ使命の元に動き出していた。別に、先代の記憶を引き継いでいるわけでもないのにな。その時の私は何も疑問に思うことはなかったが……改めてその記憶を振り返って考えたものだ。生まれたその時からこの使命を抱いていたならば、この本能とも呼べる使命は、どこから来たものなのであろう……とな。」



 回顧するレティルの声に、寂しさが滲んだ。



「数えきれないほどの失敗を繰り返し、感情と本能の板挟みにさいなまれながら、己の起源を辿っているうちに……私は、ふと思い至ってしまった。――― もしかしたら、私たちはこの世界を創った存在ではなく、この世界に産み落とされた存在なのではないか、と……」



「………」



 実は険しい表情で奥歯を噛む。



 流されてはいけないと思うのに、どうしようもなくレティルの話に引き込まれそうになるのは何故だろう。



 今後の自分に関わると言われたからか?

 これが、桜理たちから自分の意識を逸らすための建前だったらどうする。



 理性はそんな危機感を訴えてくるが、それに身を任せられない自分がいる。



 なんとなくだが、この話をしている間の彼は、何もしてこない気がするのだ。

 その証拠に、さっきからレティルは、自分にも桜理たちにも攻撃してこない。



「そう考えたら、過去の私の状況に説明がつくとは思わないか?」



 ほら。

 こうやって彼は、自分だけを見て、自分を過去の世界へといざなってくる。



 まるで、私の話を聞いてくれとでもいうかのように。



「神が世界に創られた存在で、その主従関係が絶対であるとするならば、私がこの力をふるえないのも当然だ。いかに私が世界の終焉を望もうとも、あるじである世界がそれを望んでおらんのだからな。」



 確かに、その考えには一理ある。

 たとえば血の契約ほどの強力な主従契約なら、命令一つで魔法の行使の一切を禁じることだって可能なのだから。



 過去に得た知識の一つが、またレティルの理論を肯定する。



「ならば私を苦しめる本能的な叫びは、世界からの干渉だと言えるのではないか? 世界が定めた役目の範囲からはみ出した私を、本来あるべき姿に正そうとしているわけだ。」



 なるほど。

 だから彼は、世界からの干渉を〝抑止力〟と表現したわけか。



 レティルの口は、壊れた機械のように止まらない。



「我々はこの使命を、疑問に思ったことはない。当然のように〝これが己の存在意義だ〟と信じ、この世界の安寧に努めてきた。……ははは。改めて思い返すと面白いぞ? 人間よりも遥かに長い時を生きておきながら、我々は一度としていさかいを起こしたことがないのだ。かといって示し合わせたわけでもないのに、皆が一様に同じ目的を持って、己の役目を全うしている。」



 レティルの目が、遠くを見る。

 その瞳が、大きく揺れた。





「これでは、我々はまるで――― 全知全能という幻影を見せられているだけの、操り人形ではないか。」





 彼が至ってしまった真理には、救いなどひと欠片もなかった。


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