悪戦苦闘の日々

 ……ああ、やはりだめだ。

 人間など、この世界にいてはいけない。



 私の人間に対する気持ちは、絶望や落胆から、そこはかとない怒りへと変わっていた。



 大陸一の魔法大国。

 そして、世界で唯一神の守護を与えられし聖なる国。



 そういう威光のもと、この国は大きく成長していた。



 確かに私は、お前たちが大陸の平和に目を光らせておけと言った。

 だがそれは、私の存在を使って他国を押さえつけろという意味ではなかった。



 私が何も口を出さないのをいいことに、この国の人間は他国に好き勝手に振る舞っている。



 そして、その横暴は自国の民にまで被害を及ぼしていた。



 魔法の粋を極めるため―――私の器を育てるためにと、どれだけの子供たちがここに集められただろう。



 その最中さなかで、どれだけの人々が絆を引き裂かれ、悲しみに暮れたのであろう。



 じっくりと教育された果てに、もしくは魔法で洗脳された果てに、本来あった自分の意思を潰されて私を妄信するようになってしまった子供たちを見て、私がどれだけむなしい気持ちになったと思うのだ。



 彼らは大義名分さえあれば、同族殺しだっていとわない。



 私だって、終焉しゅうえんつかさどる神だ。

 今まで手を下してきた終焉の中には、一つの命や種族がついえる瞬間だってあった。



 しかし、それはあんなに簡単な判断で下された終焉ではなかった。



 長い時間をかけてあらゆる可能性を模索し、他の神が手を尽くしても改善を見込むことができず、最終手段もやむを得ないと判断されて、ようやく私に仕事が回ってくるのだ。



 我々は人間などとは違う。

 私はこんなに愚かではない。



 ―――もはや、根拠は出揃った。



 おさに判断を仰ぐまでもない。

 こんな害悪など、滅ぼしてしまえばいいのだ。



 そう思って手を尽くしているのに、何故彼らはこんなにもしぶといのか。



 人間の中に混ざることで簡単に戦乱を治められたのだから、逆に争わせることも簡単だろう。



 私のそんな想像は、大きく外れることはなかった。



 私がちょっと口を出すだけで、彼らは簡単に仲違いをして互いを傷つけ合った。

 定期的に肉体を変えることを利用して、他国の中枢に潜り込むようなこともした。



 長や他の神からは考え直せといさめられてしまったが、聞き入れるつもりは毛頭もなかった。



 今は私に反対している彼らも、人間が滅んだ後の世界を見れば、私の方が正しかったのだと思い知るはずだ。



 手始めにこの大陸から人間を消し去り、長たちに人間を滅ぼす有用性を提示してやる。



 人間どうしを衝突させて自滅を誘いつつ、私も不自然に思われない範囲で人間を殺した。



 ほころびを操作し、様々な天災や飢饉ききんなどももたらした。



 しかし、人間はその知恵と技術を持ってしぶとく生き残った。



 土地が痩せれば住処すみかを移す。

 人が減れば子供を産む。

 そうやって、脈々と命を繋いでいった。



 人間の繁栄そのものの綻びも探してみたが、何故かそれらしきものは見当たらない。

 そうして人間の綻びを探そうとするほどに、私の中は危機感で満たされていく。



 ―――人間に手出ししてはいけない、と。



 神々の間で決められた禁忌に手を染めている事実に、ともすれば胸が潰れそうになる。



 おのれ人間め。

 罪にまみれた存在でありながら、この私をここまで苦しめるとは。



 私は、時間と共に苛立ちを募らせていった。

 そしてついに、とある極論に至る。





 ―――もういっそのこと、この世界自体を終わらせてしまえばいいのでは?





 ひらめいた瞬間、私は歓喜した。



 そうだ。

 それがいい。

 人間だけを滅ぼそうと苦心するより、そちらの方が手っ取り早いではないか。



 我々は全知全能の存在なのだ。

 この世界を終焉に導いたところで、さしたる不都合など起きはしない。

 どうせ、創造をつかさどる神が新たな世界を創るだけだ。



 私は高揚感を抱きながら、世界終焉への一歩を踏み出すのだった。


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