人間への疑念
それから、
ずっと眺め続けてきた、人間たちの営み。
私はそれに―――絶望とも落胆ともつかない気持ちを抱いている。
そこまで言うのであれば、そこの彼の体が耐えられるくらいの間はここに
根負けして人間の願いを聞き入れた私に、彼らは大層喜んだ。
今すぐに体を入れ替えろと言うので渋々それに従ったが、やはり私の予想通りだった。
私が乗り移った彼は……その魂も力の核も、私に取り込まれてしまったようだ。
その反面、肉体の頑丈さも扱える力の強さも、死体を乗っ取った時より格段に上がっていた。
とはいえ、私がこの場に
私は私なりに、人間という生き物の社会性を
しかし、私の話を聞いた人間たちは、私が傍にいてくれるならそのくらい安い犠牲だと言って仲間を切り捨て、私のためにより強い魔力を持った人間を用意するとまで言ってのけたのだ。
どういうことなのだ?
人間とは、同じ集団に属する同胞のことは大事にする習性を持つ生き物ではなかったのか?
何故、簡単に同胞を売るようなことをできる。
そして何故、私のためにと喜んで自分の身を差し出してくる。
理解できない。
人間とは一体、どんな生き物なのだ?
次の体が朽ちるまでという話だったはずなのに、また押され、また流され……何度も人間の体を乗り移った結果、気付けば何十年という長い時を人間の中で過ごしていた。
私が最初にあの少年の体に宿ったことはこの国の神話として伝承になり、今も私がこの国を守っているのだという話と共に、国内外に伝え広められることになっていた。
〝人々はわけも分からず、目覚めたばかりの男の前に無意識にひれ伏した〟?
〝我はこの世界を治める神なり〟?
何をおかしなことを書いているのだ。
お前たちは私に反発していたし、私はお前たちに神だと名乗ったことはないではないか。
無駄に美化された話に
しかし人間の口に戸は立てられず、一度民衆に放たれた話は、勝手に広まっていく始末だった。
私は最初の宣言どおり、戦乱以降は何もしていない。
人間が用意した
今さら私がここにいて、受け取れる恩恵などないだろうに。
だが、そう思うのは私だけ。
人間たちは私を引き留めるために、いつも必死だった。
私が神としての野暮用で数日城を離れると、戻ってきた私に見捨てないでくれと泣きついてくるのだ。
私の行いを直接見た者が死んでいなくなれば、少しは状況も落ち着くか。
そう期待したのだが、実際はむしろ逆。
伝承や先祖の話でしか私のことを聞いていない人間たちは、私をこの国の守護神だと妄信するようになっていった。
彼らは私が宿る肉体が少しでも長く持つように研究を重ね、様々な魔法を生み出していく。
その
そして誰もが、その行いを正当なものだと信じて疑わない。
そうやって盲目的に同胞を犠牲とする彼らの選択は、あの大災厄を受けた先人たちが下したそれと、ひどく酷似するものだった。
人間という生き物は、他人を犠牲にしないと気が済まない性分なのか?
この営みが利益を生むようには思えない。
―――人間など、この世界に必要なのだろうか?
いつしか、私はそんな疑問を抱くようになっていた。
何か、人間を生かしておかなければならない理由があるのだろうか。
いや、そういう理由があるのは知っているのだぞ?
しかし、それはあくまでも〝今は〟という話だろう?
ここまで無尽蔵に増える前に人間を駆逐しておけば、あの大災厄だって起こらなかったはずなのに。
脳内に湧いてくる疑問は尽きない。
(……そろそろ、人間から離れてもいいのかもしれないな。)
ふと、そんなことを考えた。
これまで人間に押し負けてずるずるとここにいてしまったが、そもそも私がここにいるメリットは何もない。
戦乱が再発しないようにしばらくは人間の手綱を握っておく必要があるという言い訳も、そろそろ厳しくなってきた。
というか、何故私が人間のために
改めて考えてみると、私の行動はおかしくないか?
そうだ。
人間が嘆こうが悲しもうが、私には関係ない。
そんな
だが―――私は、そこで
もう少し、見極めの時間がほしい。
真っ先にそう思ったのだ。
今この疑念をくすぶらせたまま帰るよりも、きちんと結論を出してから帰った方がいい気がした。
人間など不要だという証拠を揃えられれば、私から長に直談判することもできよう。
せっかく人間の間近からそれを判断できる状態にあるのだから、この機会を無駄にするのはもったいない。
長にはまた小言を言われてしまうかもしれないが、これがきっと世界存続のためになる。
(もう少し。……もう少しだけだ。)
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