第3章 とある神が歩んだ道

自分に宿る力の正体

 強烈な眩暈めまいが落ち着いて目を開くと、そこは奥深い森の中だった。



 この場所は知っている。

 誓約を交わした聖木の一本が根づく聖域だ。



 前方に見えるのは、その生命力を誇示するように太い枝と大量の葉を茂らせた、他の木々よりもずっと立派な巨木。

 長い歴史と奥深い知恵を携える、この聖域のあるじとも呼べる存在。



 その足元に――― 彼は悠然とたたずんでいた。



「お前…っ」



 その姿を見た瞬間、脳裏が真っ赤に染まるような感覚に陥る。



 今すぐにでも殴りたい衝動をこらえて、実はゆっくりと桜理を近くの木にもたれかからせてやる。

 静かにその場から立ち上がって、敵意に満ちた視線を目の前に向けた。



「拓也たちは?」



 こいつの話に付き合うよりも、まずは拓也たちの安全を確認するのが先だ。



「ん? 見えておらんか? すぐそこにいるではないか。」



 くいっと、とある場所を指し示すレティル。

 そちらに目をやると、別々の木に背を預けて目を閉じている三人の姿があった。



「―――っ!!」



 彼らの状態を確認した実の瞳で、怒りが爆発する。



 尚希やユーリは気を失っているだけのようだが、拓也は全身傷だらけだったのだ。



 身にまとっている制服はところどころが破けていて、頬や手の甲に走った傷には血が滲んでいる。

 生きているのは確かだが、無防備に槍を手放している拓也の呼吸は苦しげで、時おり小さなうめき声がその口腔から漏れていた。



「そこの番犬のことなら、勘弁してくれ。これでも、痛めつけるのは最低限にとどめたのだ。他の二人のように一瞬で大人しくしてくれれば、傷一つつけなかったものを……この私を相手にあれだけ噛みついてくるのだから、守護者としての実力と忠誠心には頭が下がる。」



 やれやれと息をつくレティルは、本気で拓也の抵抗に参っているようだった。



「それで治療もせずに、ずっと放置してたっていうのか…っ」



「やむを得んだろう。おそらくはもう事が終わるまで目覚めぬとは思うが、こやつの場合は万が一という可能性もある。そうなった時に、また元気よく噛みつかれたのではたまらない。」



「お前の都合なんか知るか!!」



 一喝した実は大きく腕を振って、拓也に向かって魔力を放った。



「こんなふざけたことして…っ」



 拓也の傷を癒すために、どうにか魔力の出力を一定に保ってはいるが、それもいつまで維持できるか分からない。



 それくらい、激しい怒りで頭がどうにかなりそうだった。



「すまないな。お前の覚悟を疑っているわけではないのだが……事情が変わったのだ。」



 実がたぎらせる怒気を涼しい顔で受けるレティルは、そんなことをのたまった。



「事情が……変わった?」



「端的に言えば、時間の猶予がなくなったのだ。本当は、お前が次元の道を壊すまで待ってやりたかったのだがな。……まあ、お前に力が馴染むまでの時間を稼げただけでも、幸運と捉えるべきか。」



「力が馴染む…?」



 彼は急に、何を語り始めているのだ。

 不可解そうに顔をしかめる実。



 そんな実に、レティルは―――



「なあ……おかしいと思ったことはなかったか?」



 そう問いかけた。



 実は無言でレティルを睨むだけ。

 実からの答えを期待したわけではなかったのか、レティルは一人で勝手に先を続けた。



「この世界に戻ってきてから今までの間に、お前の魔力はどれだけ高まった? 私との遊びに付き合う中で増していく魔力の伸び率に、寒気がしたことはなかったか?」



「………っ」



 実の肩がピクリと痙攣けいれんする。



 そんな経験、腐るほどある。

 態度でそう語る実に、レティルはくすくすと笑った。



「もちろん半分は、お前自身の魔力が育ったことにある。そして、もう半分は―――」



 にやり、と。

 その唇が歪む。





「私がお前に、私が持つ神としての力を継承させていたからだ。」




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