消え入る嘆き

 実がニューヴェルへと向かった後。

 物音一つ立たないリビングに残された詩織は、実に託された結晶を見つめていた。



「こんな物がなくても……私には、今あなたがどんな状態なのかなんて、簡単に分かるのよ。」



 ぽつりと。

 そんな呟きが、口から零れる。



 自分と実に、血の繋がりはない。

 存在の次元だって違う。



 それでも自分が実の状況を知ることは、息を吸うのと同じくらい簡単なこと。



 自分が本当の力を隠しているせいで気付かないだろうが、やろうと思えば実だって、こちらの状況を感じ取ることは難しくないはずだ。





 だってあの子は――― その根底に、自分と同じ力を分け与えられた人間だから。





「幸せになれる方……」



 優しいあの子の言葉をなぞると、胸が潰れそうになる。



 そんなことを言われても、元々自分には選択肢などないのだ。



 自分とあの子は、運命共同体。

 あの子が向こうに帰ると決めたのならば、自分もあそこへ帰るしかない。



 でもそうなったら……自分は、自分のままでいられるだろうか。



「………っ」



 詩織は赤い結晶を握り締めて、目をつぶる。



 自分は実を助けたくて、エリオスと実を追ってこの世界まで来た。

 そうして彼らと過ごす中で、自分という存在のいびつさに気付いてしまった。



 どうして?

 どうして過去の自分は、こんな考えで生きていたの?



 疑うこともなく胸に抱いてきた使命と義務に愕然がくぜんとして、戦慄を覚えたくらいだ。

 だから、怖くてたまらない。



 このまま運命に逆らわずにあの世界へ戻ったら、あの子への愛情も自分の意思も、何もかもが消えて、別のものにすり替えられてしまうのではないか。



 昔のように。



「ああ……あなたは残酷です。」



 それは、心からの切実な嘆き。



「また私から、大切なものを奪っていくのですか? そうして私に、あの役目を全うしろとおっしゃるのですか?」



 自分に課されたこの使命が、胸をえぐる。



 分かっている。

 先に過ちを犯したのは自分。

 この使命は理不尽に押しつけられたものではなく、過ちを清算するために必要な償いだ。



 でも、そんなことできない。

 そんなことしたくない。



 だって自分がその償いを果たしたら――― 自分は、実を永遠に失ってしまう。

 愛するあの子に、手をかけなくてはならない。



 そんなむごいことをするくらいなら―――



「いっそのことあの子に全てを託して、私の方が消えてしまいたい。それは、許されないのですか…っ」



 悲痛な叫びは、しんとした空気に溶けていくだけだった。


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