たとえ主が望まなくても
実の家を出た後、拓也は夕暮れに染まる住宅街を一人で歩いていた。
向かうのは、さっき話題に上がった梨央の家だ。
実にはあえて言わなかったが、梨央のことを放置しておくのは危険すぎるというのが自分の見解だ。
実は梨央の関心が自身から離れつつあると思っているようだが、実際はそうでもないのだ。
梨央が表立って実に接触するようなことはない。
しかし、梨央は確実に実の周辺を
実の家の周囲に彼女の香りが漂っていることが非常に多いのが、そのいい証拠だ。
実が身を切るような思いで別れを告げたというのに、なんと浅ましくねちっこいことか。
「……はぁ。」
久しぶりに梨央のことを思い出したら、肩が重くなってきた。
別に梨央に限ったことではないが、どうも地球の子供というのは、見ていて気分が悪くなる。
よく言えば、情熱と夢に満ちあふれている。
悪く言えば、世間知らずの甘ちゃんといったところか。
そういう不愉快な奴らの中で、実の事情を知っているせいもあったのか、梨央の香りは人一倍鼻についた。
実の身の上を知る数少ない人間となって、自分なら彼を支えられるのだという誇大妄想。
実なら自分に
―――正直、嫌いだった。
だから実が梨央と話をつけたと聞いた時は、嬉しかったし安心した。
これでもう、実が梨央に振り回されて
それなのに、梨央は実から身を引くことはせず、電話やメッセージをやめやしない。
実に直訴するのかと思いきや、実に気取られない範囲で様子を
中途半端な態度に我慢ならず、実が知らないところで梨央と衝突したこともある。
実もよく気に病んでいたが、梨央にはこちらの言い分など少しも耳にも入らないようだった。
どうしてお前はよくて、自分はだめなのか。
自分だって、実を助けたいのに。
強くなれば傍にいてもいいなら、今からでも強くなるからと
実の優しさにつけ込んで、自分勝手なことを。
お前の望みの本質は実を助けることじゃなくて、自分が実の特別になることだろうが。
実が桜理じゃなくて自分を選んだという事実を勝ち取って、優越感に浸りたいだけじゃないか。
それはもう好意じゃなくて、悪質な執着だ。
堪忍袋の緒が切れてそんな言葉を叩きつけたこともあったが、梨央はそんなことはないの一点張り。
果てには、お前には自分の気持ちなんて分からないと、何故かこちらを責め立てる始末だ。
気持ちが純粋なら、自分の世界に引きこもって目や耳を塞ぎ、都合の悪いことは全部排斥しても許されるとでも?
そんなもの、信念とはいわない。
最悪としか表現できない香りに苛立ちを煽られながらも梨央を完全に否定しきれなかったのは、実は地球にいた方が幸せだという、その一点においては彼女と意見が一致していたからだ。
しかし、この
梨央をこれ以上自由にしておくのは、どう考えてもリスクが高い。
今までは実の影や詩織がいたから様子を
下手すれば、実と同じ高校に通う
優しい実が悲しみをこらえながら、穏便に別れを済ませようとしているのだ。
それをぶち壊されたらたまらない。
このまま梨央には会わずに姿を消すと言って、彼女にも自身なりの誠意を尽くそうとしている実には悪いと思う。
しかし―――実や自分に関する梨央の記憶は、ここで自分が全て奪わせてもらう。
自ら記憶を手放したことで深く傷ついた実は、この手に訴えることができないだろう。
だからこれは、他でもない自分の仕事だ。
実もそれを望んでいるとは限らない。
これはあくまでも、自分の独断だ。
だからこそ、この事実は未来永劫自分の中だけに秘めておく。
仮に後でばれて実から怒られたとしても、長い目で見れば、これが一番実のためになるから。
香りを辿って到着したのは、カントリー調の可愛らしい一軒家。
ぬるま湯に浸かりきった、優しい香りしか漂ってこない家だ。
こんな家にいるから、梨央はあんなにも夢見がちで無知なのだろう。
今の状況においては、この香りが不愉快で仕方ない。
そんな家を見上げ、拓也はぐっと目元に力を込める。
―――これで終わりだ。
改めてその決意を己に刻み込み、
呼び鈴を鳴らさないまま、玄関の扉を
「なっ…!?」
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