第2章 急展開

妙な構図

 尚希が姿を見せなくなって、一週間ばかりの時間が過ぎた。



 なんでも、ニューヴェルに顔を出した際に問題が起こったらしく、それを片付けてくるとのことだ。



 一応自分たちが心配することを気にしてか、一日に一回は現状報告のメッセージが飛んでくる。



 手伝いは必要かと訊ねたら、上層部でどうにかしなければいけない問題だから、手伝いを頼みたくとも頼めないのだという返事が来た。



 過去にも、そういうデリケートな問題で頭を悩ませていた尚希を見たことがある。



 今の彼が最優先にするのはニューヴェルのことだろうし、彼がこういう行動に出たところで、おかしなことは何もない。



 でも、何故だろう。

 なんだか、胸騒ぎがするのだ。



「んな心配するなって。」



 この日も尚希から届いたメッセージを見つめて物げな表情をする実に、拓也があっさりとした口調で声をかけた。



 実と違って尚希を心配していない様子の拓也は、メッセージを数秒で流し読みしただけで、携帯電話を放り捨てている。



 妙な構図だと思った。



 幼少期から尚希と一緒にいた拓也より、この数年で彼と知り合った自分の方が気を揉んでいるなんて。



 尚希に少しでも恩を返したいのに、と。



 彼にいつまでも子供扱いされていることに、一人で不満を募らせていた拓也はどこへいったのか。



 せっかく尚希を助けられるチャンスなのに、拓也は自分の傍にいて大丈夫なのだろうか。



 素直に思ったことを言うと―――



「ああ? なんでおれが、いちいちキースに付き添ってやらなきゃいけないんだよ。」



 返ってきたのは、ちょっと予想外の言葉だった。



「確かに恩は返した方がいいだろうなと思ってたし、ちょっとキースに依存ぎみになってたところもあるけどさ。そこは何度かキースと腹を割って話して、ある程度は解消済みだ。あいつはあいつ、おれはおれ。最近はそう思えてるよ。それに……」



 そこで拓也の顔が、うんざりとしたように歪む。



「これまでの恩は、ここ数ヶ月で返しきった気がする。あの仕事バカめ。どんだけおれとルティをこき使えば気が済むんだっての。このまま甘やかしてたら、都合よくニューヴェルの政治に巻き込まれそうだ。」



「あれ? もうそういうつもりなのかなって思ってたんだけど、違うの?」



 実はきょとんとする。



 着実に教育されているよねと突っ込んだ時、拓也も尚希もまんざらでもなさそうな反応をしていたではないか。



 尚希の手伝いをする拓也には嫌そうな雰囲気など全くなかったし、拓也が容赦なく尚希に突きつける意見は、もはや手伝いの領域を超えていたように思う。



 このまま拓也は、尚希と共にニューヴェルを引っ張っていくのだろう。

 自分に限らず、多くの人がそう思って疑わずにいたと思うのだが。



「お前は?」



 ふいに、そう訊ねられた。



「へ? 俺?」



 どういう意味か分からず、実は首を傾げる。



「お前はどうなんだ? このままだと、お前もキースの手下になる未来しか見えないけど、それでいいのか?」



「あー……そういうことか。」



 実は腕を組んでうなった。



「うーん…。母さんを保護してもらってるわけだし、その間は全力で手伝わせてもらうつもりだけど、ずっとかどうかは分からないなぁ…。今後の話し合いで母さんがニューヴェルを出るってことになれば、もちろん俺もついていくし。」



 城への建前もあるし、当面はニューヴェルで過ごすことになるだろう。

 しかし、未来のことまでは分からない。



 拓也が作ってくれた魔力制御の腕輪は、あの後も彼の手によって実験と改良が進んでいる。



 拓也とイルシュエーレの知識と技術が結集している上に、ユーリがその目で見た情報を伝えてくれるようになったので、改善点がより明確に分かり、安全性が飛躍的に上昇したのだ。



 今の腕輪があれば、魔力を完全に抑えなくても周囲の目をあざむくことができそうだ。

 そうなれば、幼い頃のように聖域の奥地で暮らす必要はない。



 まだ話し合っていないので今後の展望は未知数であるが、タリオンやサレイユであれば、自分たち家族を歓迎して迎え入れてくれるに違いない。



 そことは全然違う場所に住処すみかを構える可能性もあるし、場合によってはやむなく城に戻るという可能性だって否めない。



 どのみち、両親が行く先に自分もついていくというのは変わらないけど。



「だろ? だったらおれも、ニューヴェルに腰をえるつもりはねえよ。」



「どうして?」

「お前な……」



 純粋に疑問に思ったからそう返したのだが、それを聞いた拓也は非常に不愉快そうな顔をした。



「おれはお前に言ったよな? おれは自分の力を、お前の傍で使うって決めたんだって。」



「い、言ったけど……」



 どうして急に、そんな不機嫌になるんですか…?



 拓也の態度の変化についていけず、実は冷や汗を浮かべる。



「だったら当然、お前が行く場所におれもついていくに決まってんだろうが。それにお前から離れたら、何かあった時にお前を殺してやるっていう約束も守れないだろ?」



「あ…」



 言われみればそのとおりだ。



 目からうろこみたいな反応をする実に、拓也は大きく溜め息を吐きながら席を立った。


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