私がいたい場所は―――

「――― そう。決めたんだね。」



 桜の雨が降り注ぐ、閉ざされた孤島。

 そこのあるじである桜理は、実の報告にそう答えるだけだった。



「ごめん……」



 実は表情を沈ませる。



「ずっと、桜理が地球で暮らせる方法はないかって探してはいたんだけど……結局見つからないまま、こんな結果になっちゃった。」



 様々な事件に巻き込まれながら、空いている時間を使って懸命に調べた。



 桜理とアティを繋ぐ契約を切るすべはないのか。

 そして、彼女が故郷に戻れる可能性はないのか。



 でも、希望的観測はこれまでに得られていない。



 この契約を結ぶ魔法には、あえて解除方法が作られていない。

 アティが言ったように、桜理をむしばむ契約を解くのは、かなりの難題だった。



 そもそも、この魔法に関する情報が少なすぎる。

 形に残るような資料は一切なく、島に伝わっているのは古ぼけた魔法陣と、それを起動させる呪文のみ。



 魔法陣を使う魔法に詳しいという拓也に解析を頼んでみたが、魔法陣をじっくり観察した拓也は諸手もろてを挙げた。



 ここに伝わる魔法は、古代魔法に分類されるものだという。

 今この世界で使われているものとは全く違う言語で形成されており、魔法陣の構成を解読するだけで、途方もない時間がかかるのだそうだ。



 仮に解読が早く終わったとしても、そこから解除方法を編み出すのが、また困難を極める。

 古代魔法を打ち破るのであれば、同じく古代魔法をもって対抗しなければならないからだ。



 現代で古代魔法を扱う人間は、まずいない。

 古代魔法で得られる恩恵は、時代の流れと技術の進歩に伴って最適化された現代魔法で十分に補えるし、そちらを使う方が何倍も効率がいいので、わざわざ古代の魔法を振り返る必要性がないのだそうだ。



 そこから拓也と共に魔法陣の解析に乗り出したが、確かにあれは一朝一夕に解読できるものではなかった。



 地球でいうところの、象形文字に近いとでもいえばいいのか。

 一つの形がいくつもの意味を持っていて、隣り合う文字との組み合わせによって、全然違った解釈になってしまう。



 四苦八苦しながらこの世界では一年近く経ったわけだが、解析の進度は一割いったかどうか。



 そんな亀のような進捗の最中さなか、地球では桜理が受け入れられる基盤があるかどうかを調べていたが、こちらも手詰まり感が否めない状況だった。



 桜理がさらわれてから、地球ではもう十三年が経過しているのだ。

 レティルが桜理の存在を綺麗に消してしまったので、当然戸籍情報などは残っていない。

 詩織の協力で桜理と過ごしていた街にもおもむいたが、徒労に終わってしまった。



 それでも、どこかに突破口はないのか。

 往生際が悪いかもしれないが、そう思って悪足掻きを続けてきた。



 それももう、これで終わりだけど。



「………」



 桜理に言える言葉がなくて、実はしゅんとうなだれて落ち込んでいる。



「……ねえ、実。」



 少しの沈黙の後、桜理が口を開いた。



「私、いつ地球に帰りたいだなんて言った?」



 問いかけられたのは、そんなこと。



「……へ?」



 思わず顔を上げた実は、ポカンと間抜けな顔をしてまぶたを叩いた。

 桜理はもう一度、実に訊ねる。



「私、実に地球に帰してほしいって言ったことあった?」

「いや……直接は、ないけど……」



 予想していなかった質問に、実は困惑を隠せない。



「でも……幸せだったあの時を返してって、そう言ってたから……」



「そういえば、勢いに任せてそんなことも言っちゃったっけ。じゃあ、今その言葉は取り消すわ。」



「えっ……ええっ!?」



 あっさりと過去の発言を覆してしまった桜理に、実は素っ頓狂な声をあげて驚いた。



「実って、なんか思い込みが激しいところがあるわよね。」



 実を横目に見る桜理は、少し呆れたようだった。



「普通に考えて、今さら私が地球に戻るメリットってある? 地球のことなんて、もうほとんど覚えてないのよ? 生まれはともかく、私にとっての故郷はもうこの世界だわ。」



「で、でも! 今まで桜理は、俺や拓也が魔法陣の解析とかをしてても止めなかったよね!? だからてっきり、やっぱり桜理は地球で生きていきたいのかなって……」



 あれ、どういうこと?



 目を回しながら困惑する実に、桜理はふうと息を吐く。



「だって今までは、実は基本的に地球で暮らす方向性でいたでしょ? だったら一緒に連れていってほしいし、止める理由がなかったのよ。」



「え…」



 実はそこで目をまたたく。



 桜理が放った言葉の意味が脳裏に染み込んでくると同時に、そこから推測できる彼女の気持ちが、にわかには信じられなかった。



「えっと……それって……」



 狼狽うろたえる理性を置いてけぼりにして、感情が勝手に口を動かす。



「俺がこっちを選んだから、もう地球はどうでもいいってこと?」

「そういうことだけど?」



 今さら何を言っているの?



 きょとんとした桜理の表情が、そう語っている。

 そして彼女がここまであっさりとしている理由は、すぐに本人の口から告げられた。





「私がいたい場所は、実の隣なんだけど?」




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