昼下がりの出来事
ちゃこと
◯
私は突然始まった揉め事の一部始終を眺めていた。そいつらの名前は知らぬから、仮にAとBと呼ぼう。
そいつらは二言三言、言い合った後、列から外れた。広いところに出ると荷物を降ろして互いに睨み合った。どうやらAはBに怒っているようだ。あいにく私は会話が聞き取れない位置におり、読唇術とやらも当然身につけていない。故にそいつらの会話は分からなかったが、大体の話は読めた。
先程の様子から察するに、A含むその他の者はきちんと列に並んで進んでいたのに、Bは彼らを追い越そうとしたのだ。その上Bは荒っぽくAの頭に肩をぶつけて、そのまま進もうとした。
完全にBに非があると思われる。
AはBを呼び止め、何か言った。——多分謝罪を要求したのだろう——するとBはひらひらと手を振ってAを軽くあしらった。すぐにAはBに悪態をついた——ように見えたのだ——。Bは振り返ってAを睨む。そしてそいつらは列を離れた。
あぁ、Bが素直に謝れば済んだものを。
Bは謝る気など毛頭無いらしい。腕を組んで踏ん反り返っている。そんなBの態度にAはさらに怒りを募らせたようだ。
不意にAはBの荷物と自分の荷物を交互に指して何やら文句を言っている。そうか、Aの荷物はBの荷物の3倍はある。理不尽だ、と言っているのだろうか。
対するBは、むん、とAより一回り大きな体格を見せつけて肩をすくめた。うむ、どういう事だろうか、自分の体がでかいから荷物が小さく見えるのだ、という事だろうか。何にせよAの怒りを助長するだけの動作には変わりない。案の定、Aは震え始めた。
すると奥から別の奴がのそのそと歩いてきた。こいつはCと呼ぼう。Cはとてつもなく足が遅かった。
Cは睨み合うAとBを見て、何となく状況を把握したようだ。CがAに何か質問すると、Aは頼む分かってくれ、という様子で両手で荷物を示してその差を訴えた。ぶつかられたことはもう頭に無いのだろう。Cは少し間を置いてから、おもむろに自分の荷物をBの荷物の上に重ねた。AとBの荷物は殆ど同じ大きさになった。
三匹は重なった荷物を見つめていた。
しばらくして、少々強引な気もするが、この揉め事は解決したようだった。Aは最初と同じように荷物を背負い、Bは両肩に荷物を担いで、巣へと戻る列に加わった。
そしてCは、ふぅ、と息をつくと、近くの草の陰にのそのそと歩いて行き、優雅に昼寝を始めた。
なんて奴。
ふっ、と笑ってしまった。
なるほど、蟻もこんな風に揉めることがあるのだな。そして蟻にも、私に似て賢く他人を使うような奴がいるのだな。なんと世界の愉快なことよ。
思わぬ満足感を得た私は、顔を上げてのそりと立ち上がった。そういえば私は空腹だったのだ。慣れた路地裏をくねくねと辿り、漁師の男が営む魚屋の前でちょこんと座り込んだ。良かった、いつもの髭男がいる。白い箱を抱えた髭男が奥から出てきた。私がゆらりと尻尾を振ると、髭男はこっちを向いた。私はすかさず媚を売ることにした。
〝にゃあ〟
昼下がりの出来事 ちゃこと @cskand187
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