第7話

 美術室の鍵を締め、階段を下りながら先程の出来事をぼんやりと考える。

 七不思議の正体なんて、案外こんなものなのだろう。

 ほら、幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってやつだよ。

 幽霊だ怪談だなんて言ってみても、結局はなんの不思議もないことだったり……し…て……



「あやちゃん!」

 呼びかけられて、ハッと我に返る。

 あれ……? いま、私どうしてた?

 なおちゃんはといえば、私を見て安心したように笑った。

「階段下りてたらちょっとクラっときた気がしてさ。そういえば七不思議にあったな〜ってあやちゃんに訊こうと思ったら、なんかぼんやりしてたからビックリしたよ」

「階段の七不思議って、踊り場の鏡じゃなかったっけ?」

「ん、そうだったかな? うちの学校で踊り場に鏡があるとこってある?」

「ないと思うなぁ。わかんないけど」

 入学して一年も経っていなければ、行ってない場所くらいまだありそうだ。ないとは言い切れない。

「あとは、数えながら上がるとと階段が増えるってやつ」

 振り返って、階段の段数をなんとなく数える。

「もとが何段だったか知らないと、増えたかわかんないよね?」

「階段の段数なんて、どこもおんなじじゃないの?」

「その、どこも同じ段数って何段よ」

「……わかんないな」

 うん、となおちゃんも大きく頷く。

 そうなんだよね。もとが何段か知ってないと、増えたかどうかわからない。でも、そんなの数えてる? 数えないよね。

 それでも、明らかに増えたと言い切れるパターンがある。

 たとえば。

「上にたどり着かない階段、だと、増えたって言い切れるよね」

「あー……なるほど?」

「なんとなく数えながら上ってて、三十くらいまで数えちゃったら、さすがに増えたって気がつくし」

 そういうことなんじゃないかな。

 私の説明に、なおちゃんは納得したような顔になった。

 そして、階段を指さして私を振り返った。

「じゃあ、上ってみる?」

 つられて、私も階段の方を見た。

 ここを、数えながら上ると、どこに行けるんだろう。

 そんな考えが頭に浮かぶ。どこもなにも、階段を上れば美術室だ。それは明らかなのに。

 美術室ではない、どこか違うところに行ってしまうような、不思議な感覚が沸き上がってくる。

 よくないな。うん、よくない。

 階段を上ったって何も起こらなくて、なーんだって笑えるはずなのに、なぜかダメだって気がしてくる。

 ビビリだと笑いたくば笑え。笑えるのだって、何も起こらなかったときだけだ。

「……今日はもう帰ろっか」

「ん、そだな」

 さて、なおちゃんはわかってるのかわかってないのか。私の言葉にあっさりと頷いたのだった。

 そのまま階段を降りようとしたとき、カツン、と音が上の階から聞こえた。

 カツ、カツ、カツ、と、次第に音が近づいてくる。ゆっくりと階段を降りてくる足音に、私となおちゃんは足を止めて階上を見上げた。

 怖いなら逃げればいいのに。

 なぜか、動けなかった。動いてはいけないと、思った。

 カツ……と足音が止まる。

 私たちに気がついた……?

 冷や汗が出る。

 どうする? 走って逃げる? でも、どこまで? 校舎から出れば安全なの? それとも、学校の敷地から出ないといけない? ああ、でも、美術室の鍵を持っているから、それを返さなくちゃいけない。

 コツ……、再び足音が聞こえた。

 逃げる決断もできないまま、私はなおちゃんの制服の袖を掴む。

 コツ、コツ、コツ、音はすぐそこまで来ている。

 ギュッと目を閉じた私に、聞き覚えのある声が降ってきた。

「あれ? まだ帰ってなかったの?」

「…………七尾先輩……」

 現れたのは、七尾先輩だ。例によって、居残り練習でもしていたのだろうか。受験生なんだから、家で勉強してくださいよ……。

 なんとなく、そのまま階段を下りてきた七尾先輩について、私たちも階段を下りる。

 これ以上ここにいられる気分ではないし、なおちゃんと二人で帰るのも怖いし、七尾先輩に会えてよかった。

 ……ほんとうに?

 心の奥で囁かれた声は、聞こえなかったことにした。 


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七番目の不思議 琥珀 @Eiri_k

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