第6話

 佐川先生の意味深な言葉にゾワッときてしまった私たちは、その日はそのまま帰宅した。

 しかし、家に帰って冷静になってみると、七不思議のひとつ「家庭科室のカレー」は佐川先生だったわけで、なんら不思議なことではなかったのである。

 なのに!

 不覚にも脅かされてしまったのである。先生にはそのつもりはないんだろうけど、小説とかだと『あの先生……なにか知ってる……?』とかって疑われるところだ。実にオイシイ役回りだ。

 いや、そうじゃなくて。

 実際、あの発言って、めちゃくちゃ怪しいよね。何を知っててそんなこと言うの? ほんとうに、なにか不思議なことがあって、それを先生は知ってるの……?

 うわぁ、すごくもやもやするぅ……。


 もやもやを抱えたままぐっすり眠れるわけもなく、翌日は寝不足だった。それでも意地で朝練は行ったけど、なおちゃんはこなかった。ぐっすり寝てるに違いない。くそぅ。

 一時間目がはじまる直前に登校してきたなおちゃんは、寝癖がなおしきれてなかったりと寝坊したことが窺えた。まぁ、この寝癖もまた、カワイーとかクラスの女子に囁かれている。顔がいいってすごいなぁ。

 こちらをチラチラ見ているけど、あんまり喋っているとクラスの女子の視線が痛いので、休憩時間はあまりなおちゃんとは話さないことにしている。顔がいいってメンドクサイ。

 ぼんやりとしたまま授業をこなし、放課後になるといそいそ音楽室へ向かう。

 今日もパート練習なので、いつも通りの準備をして練習を開始した。

 が、先輩たちが来ない。いやまぁ、いないならいないでいいんだけど、一人で基礎練するし。

 と、基礎練をすること三十分。

 こないし。ちゃんと場所の確認もしたから、ここがわからないとかはないと思うけど。いつもの場所だし。そういえば、野球部の練習がどうとか言ってたような……?

 いやまぁ、いいんだけど。外野が静かだと練習はかどるしね。

 と、楽譜とにらめっこして個人練習することしばし。ふと顔を上げると、すぐ近くに柳本先生がいた。

 柳本先生は、我が校唯一の音楽の先生にして、顧問の先生。ちょっとかなり風変わりではあるけれど、親しみやすい先生である。

 ただし、空気は読まない。

「早瀬、そこのとこ、もう一回………………そこはもうちょっと強く! そうそう、その先は……」

 などと、残りの1時間、みっっっっちりとしごかれたのでした。

 ちなみに、先輩たちは結局現れませんでした! 細書っからいなかったら、先輩たちの椅子を運ぶとかしなくてよかったのにぃ! 音楽室にいたから、持ってきちゃってたよ! 

 ため息をつきながら練習道具一式を運んでいると、音楽室のドアの前で先輩たちに遭遇した。私を見て、なぜか睨みつけてくる。

「おつかれさまでした……?」

 帰り支度をしていたので、一応声をかけてみるが、無視。少し離れたところで、私に聞こえるように大声で話を始めた。

「先生にチクるとか、性格悪いよねー! さすが、男に取り入るのだけは上手いわー!」

 お、おお……? 新しい見解だなぁ。ここまでくると、ため息しか出ない。

 そもそも練習に来てないほうが悪いし、たまたま先生が顔を出しただけで私は言いつけたりしてない。

 と、正論を返したところでどうにもならないので、黙っておく。こんな先輩とあと1年以上は付き合わないといけないのかぁ。憂鬱だなぁ。

 まぁ、来年になれば先輩たちもそんなに顔を出さなくなるし、あと半年の我慢だね。……半年かぁ……長いなぁ……。

 ため息をつきながら音楽室へ入ると、ゆかりちゃんが近寄ってきてこそっと経緯を話してくれた。といっても、先生が先輩たちにどこにいたのか聞いただけらしいけどね。なんでそれが私が言いつけたことになるのか不思議だ。

「あやちゃん」

 楽器を拭いて収めていると、なおちゃんが寄ってきて小さな鍵をチラつかせる。

「今日時間あったら、美術室行ってみない?」

 それ、美術室の鍵ってことか。

「どうやって鍵を借りたの?」 

「オレ、美術選択なんだ。課題が終わってないって言ったら、貸してくれるんだよ」

 なるほど。そういえば、なおちゃんは美術選択だっけ。

 美術室の七不思議は、踊る石膏像と、書きかけの絵が完成してる、の2つ。さて、行ってみますか。

 楽器の片付けを終わらせて、私となおちゃんは美術室へと向かった。といっても、階を一つ降りるだけだけど。

 なおちゃんが持っている鍵でドアを開け、中を覗き込んだ。少し変わった匂いがするのは、絵の具の匂いなのかな。

 初めて美術室に入るので、いろいろと珍しい。石膏像って、これかな? あ、でも、胸像だから踊れないか。他に像ってあるのかなぁ。

 などと、ぐるぐる見回っていると、なおちゃんが棚の端にまとめてあった用紙をガサゴソと探り始めた。

「なにしてるの?」

「課題終わってないから、ついでに少しやっておこうかと思って」

 ほんとに終わってなかったの……。そういう言い訳で借りたのかと思ってた。

 取り出した画用紙に鉛筆を走らせながら、なおちゃんがつぶやく。

「下書きまでは終わらせとかないと、次からは色塗りだからねー。まぁ、授業中にやればいいんだけど、どんどん遅れるから」

 どれどれ……、お、意外と上手。

「授業時間外にやるのはほんとは禁止されてるんだけどな!」

「…………」

「実は今までも時々やってたんだー」

「なおちゃん」

「ん?」

 私は、ふー……と大きく息をついた。

「七不思議、それじゃないの?」

「へ?」

 鉛筆を止めて、なおちゃんが首を傾げる。

 きっとなおちゃん以外にも、時間外に課題をする人っていたんだろうね。あれ、オマエいつの間に終わらせたの?みたいなノリがあって、一応禁止されてるから、えー知らねーよいつの間にか描きあがってたみたいな。

 その話が独り歩きしてできたのが、七不思議の一つに数えられているってわけだ。

「ええぇ……そんなことあるぅ?」

「現にここにあるじゃない」

 がっくり肩を落としたなおちゃんだったが、すぐに立ち直って鉛筆を動かし始める。それはそれとして、課題を終わらせる方向に集中することにしたらしい。

 やがて納得がいくとこまで描き終えたのか、なおちゃんが立ち上がって準備室のほうを指さした。

「あっちにさ、石膏像があったんだよ」

「鍵は……かかってないみたいだね」

 そっとノブを回してみると、抵抗なくドアは開いた。

 広めの部屋は、普段は使わないものが収められているらしく、やや雑然としている。奥の壁のほうに、大きめの像がいくつか置かれていた。

「石膏像と……これは何に使うんだ?」

 なおちゃんが指さしたのは、そんなに大きくない、木でできた人形である。関節の部分が動かせるようになっている。

「デッサンとかに使う、ポーズ作るやつじゃない? わかんないけど」

「あーなるほど。それっぽい!」

 言いながら、マッチョなポーズをとらせるなおちゃん。某ゲームのキャラの決めポーズとか、棚に並んでいる人形のポーズをすべて変更している。

「石膏像のポーズが変わってるとか、元のポーズを知らないからわかんないな」

「そうだね。……なおちゃんさぁ」

「ん?」

「七不思議、やっぱりそれじゃない?」

「え?」

 私が指さした人形を見て、なおちゃんが目を見開く。いやー、こんなにあっさり解決するとは思わなかったよほんと。

「ええええぇぇぇ?」

 私と人形を交互に見やって、なおちゃんが納得していないような声を出す。

 だがしかし、状況証拠はバッチリだ。

 人形のポーズをもとに戻させて、私となおちゃんは美術室から出たのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る