第5話
翌日、私となおちゃんは、昨日のできごとを早速ゆかりちゃんに話した。ゆかりちゃんはとてもとても悔しがってくれた。
「えー! 七尾先輩いたんだ! 会いたかった!」
クセの強い先輩たちの中で、ニュートラルな七尾先輩はとても人気があるのだ。個人的には、あの人はあの人でうさんくさいと思うんだけどなー。
ひとしきり悔しがったあと、ゆかりちゃんは私となおちゃんを交互に見て首を傾げた。
「それで、他にもなにかあるわけ?」
私たちは大きくうなずく。
「その後帰る途中で、七不思議の話になったんだよ」
「ゆかりちゃん、この学校の七不思議って知ってる?」
「知ってるよぉ」
あっさりとした返答に、ちょっとびっくりした。聞いといてなんだけど、知ってるんだ……。
「あたしのにぃちゃんたち、この学校出身だからね、何個か聞いたことあるよ」
ゆかりちゃんは指を一本ずつ折りながら、簡単に言うねーと注釈を入れて七不思議を教えてくれた。
「まず、理科室の人体模型でしょ。それから、放課後に楽器の音が聞こえる、踊り場の鏡、美術室の石膏像、卒業生の書きかけの絵、四階のトイレ、家庭科室の仮縫いのドレス、増える階段、校庭の二宮金次郎の像、調理室の鍋……」
「待て待て待て」
なおちゃんが手をあげてゆかりちゃんを止める。
「十個あるぞ?」
「あたしが聞いただけでも20個くらいあったけど」
「多すぎない?」
私は呆れてしまった。そもそもうちの高校の校庭には二宮金次郎の像なんてないし。ていうかあるのって小学校じゃないっけ?
ゆかりちゃんも軽く笑って言った。
「いろんな学校のが混ざってるんだと思うよー。どっかで聞いたやつーみたいなのとか」
「それにしても多いな」
とりあえず書き出してみようぜ、となおちゃんがノートとシャーペンを取り出した。
意外とマメなんだーと感心したのも一瞬のこと、そのノートが今日提出予定の数学のノートだったので、単に何も考えていないことが即座に判明してしまった。
もう一度ゆかりちゃんに話してもらって、それをノートに書き留めていく。一回目と内容が違ったりするのはご愛嬌である。
『踊る人体模型
踊り場の鏡を見ると吸い込まれる
放課後の楽器の音
美術室の石膏像のポーズが変わる
書きかけの絵が完成している
四階のトイレに閉じ込められる
家庭科室の仮縫いのドレスが血まみれになっている
数えながら上ると階段が増える
走る二宮金次郎
調理室の鍋にカレーが作られている
音楽室のベートーベンの目が動く
美術室のモナリザが怒る
誰もいない体育館でボールが跳ねる
プールで足を引っ張られる
校庭の桜の木の下に死体が埋まっている』
「思い出せるのでこれくらいかな。もっと知りたかったら、にぃちゃんたちに聞いてくるけど」
その申し出は丁重に辞退させていただいた。15個でも十分すぎるくらいだよ。
まずさ、となおちゃんがそのうちの一つにバッテンをつけた。
「二宮金治郎はないよな」
「そうだね。近くの小学校から出張してくることもないだろうし」
「あとは……家庭科室に仮縫いのドレスなんてあったか?」
「うーん、準備室とかにあったらわからないけど、目立たないところにあると、血まみれになってても気が付かないよね」
「あやちゃん、いいこと言うなー。気づいてもらえないと不思議にもならないもんな」
なんとなく言った言葉に、なおちゃんが頷いた。そういわれればそうだね。不思議は、それを確認する人がいてこそ不思議になるわけか。
「それでいくとさ」
ゆかりちゃんが、なおちゃんのノートを覗き込んで一つの項目を指差す。
「書きかけの絵が完成しているって、何回も書きかけに戻るのかな? それとも」
「どんどん新しい絵が完成していくとか?」
「ナニそれこわい」
「七不思議だからなー、こわくて当然」
こわさの観点が違う気がするけど。
でも、それでいくと、何度も繰り返し体験できる不思議じゃないと、七不思議たり得ないのかもしれない。まぁ、書きかけの絵があるという条件で発動する不思議とかあるのかもしれないけど、どっちかというと。
「それに似たことがあって、噂が独り歩きしたってのはあるかもしれないよね」
書きかけていた絵を誰か完成させちゃって、その事実のみが不思議として残っちゃった、って感じで。
「それならさ、先生とかに聞いたら、事実かどうかわかるんじゃないか?」
なおちゃんの言葉に、私とゆかりちゃんはたしかにと頷いた。ながくいる先生なら覚えてそう。
私は七不思議リストをのぞき込んで、音楽室の項目を指さした。
「放課後の楽器の音はまぁ置いといて」
技能の七尾先輩のこともあるし、単に居残り練習してただけかもしれないし。
「ベートーベンの目が動くとかって、先生に聞いてみたらわかるかな」
「いやぁ」
なおちゃんが手をパタパタと振りながら、半笑いな微妙な顔をした。なおちゃんのファンも、こういう顔を見れば現実が見えると思うんだけどな。
「あの先生には聞くだけ無駄だろ」
「「たしかに」」
思わずゆかりちゃんとハモってしまった。うちの顧問の先生、悪い先生じゃないけど、よく言えばおおらか、直球で言えばアホな人なので、そんな些細?なことには気が付きそうにない。
『ベートーベン? ああ、目が動くどころか、毎日歌ってるぞ!』
くらいのことは言いそう。いや、絶対言う。むしろ、その斜め上の返答くらいしてきそうだ。
「じゃあ、誰に聞く?」
「オレ、ちょっと気になることがあって」
なおちゃんが言うには、家庭科室のカレーに心当たりがあるのだそうだ。
楽器ごとにわかれて練習するとき、それぞれ校舎のあちこちに散らばって練習するのだけれど、なおちゃんたちサックス吹きは二階の廊下に行くことが多い。そのとき、カレーの匂いがすることがあるらしい。
「毎日じゃないんだ?」
「時々……だな。今まであまり気にしてなかったけど、考えてみれば不思議だよな」
うちの高校にも家庭科部はあるけれど、なにか作るにしてもカレーばっかりは確かにおかしい。
「じゃあ、今度カレーの匂いがするとき、家庭科室に行ってみる?」
家庭科部の友達がいれば聞けるけど、あいにく心当たりはない。だったら突撃してみるのが手っ取り早いでしょ。
そして、案外その時は早く訪れた。
いや早すぎでしょ。
「あやちゃん、今日どーよ」
部活終了間際になおちゃんに囁かれ、私は内心ツッコミを入れた。突撃してみましょーねと話したのが今日のお昼、そして早速のお誘いである。
即オッケーしたいところなんだけど、内緒話をしている(ように見える)私たちを先輩ズが睨んできている。
私はわざと大きめの声を出した。
「え、なおちゃん、宿題の範囲忘れちゃったの? じゃあ、あとで教えてあげるね!」
これは同じクラスの私にしか答えられないことなので、内緒話も仕方ないことだもんね。部活の後に二人で残ってても仕方ない。うんうん、カンペキだよ。
なんのこと?って顔をするなおちゃんに必死で目配せして、先輩ズの視線の回避に成功した。
そして、なんとか部活の終了までこぎつけ、カギは閉めときますから!とノート片手にみなさんをお見送りしたあと、私となおちゃんは家庭科室のある二階までやってきた。
なるほど。
確かにカレーの匂いがする……。
家庭科室には明かりがついているから、誰かがいるのかもしれない。
そーっと足音を忍ばせて、家庭科室に近づく。
廊下に面した窓から中を覗く役を、無言でなおちゃんと押し付け合ったあと(決着はつかなかった)、二人揃って室内を覗きこんだ。
「…………」
「…………」
見えたのは、ガタイのいい成人男性が、カレーを食べている姿だった。決して幽霊とか怪異とか、不思議の類ではないと断言できる。
「先生じゃん……」
なおちゃんのつぶやきが聞こえたのか、家庭科室の主、佐川先生がこちらを振り向く。
「あら、早瀬さんじゃないの」
この高校では、家庭科と技術の選択科目になっていて、男女問わず好きな方を選べる。私は家庭科、なおちゃんは技術選択なので、私のことは覚えてくれていたらしい。
「こんばんは。えっと……先生はこんなとこでお食事ですか?」
「そうなのよー。一人暮らしだと、家に帰って料理するのが面倒くさくってねー。ここで済ませちゃうの」
もう一度言っておくけど、佐川先生はガタイのいい成人男性である。口調がオネエってだけで、案外話しやすいと評判だ。
よく見るとカレーも温めるだけのインスタントで、ごはんもレンチンするだけのものだ。……これなら、家で食べても変わらないんじゃ……?
「あら、なによ、その顔。インスタントならどこで食べても同じ、って思ってるんでしょ?」
ズバリ言い当てられて、思わず愛想笑いなどしてしまう。
「学校で夕暮れ時に食べるカレー、美味しいのよ! 今度アナタたちも食べてみなさい」
「はあ……」
私たちが食べてたら怒られると思うけどな。
「ま、単にお腹すいたからなんだけどね?」
「先生、そんなだから怪しい噂になってますよ」
なおちゃんがさり気なさを装って口を挟んできた。お、なかなかの切り口。
「噂? ああ、七不思議?」
「え、知ってんの?」
あっさりと切り替えされて、思わず敬語が抜けてしまった。佐川先生は気にする様子もなく、ピコピコとスプーンを振る。
「何年かに一度、七不思議を調べる生徒が出てくるのよね。おかげで七不思議の数もどんどん増えてるでしょ?」
「たくさんありますね」
リストを思い浮かべて大きくうなずく。しかし、時々調べられてるのなら、むしろ数が絞られていきそうなものだけどな。
「あたしのカレーも入っているくらいだから、ほとんどデマなんでしょうけど」
佐川先生はカレーを食べ終えたお皿を持って立ち上がった。
「調べる生徒がいるときに限って、本当に不思議なことが起こるらしいから、気をつけたほうがいいわよ?」
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