第八十四話③


 俺がお人好しなわけではなく、親密な人間が裏で暗躍してるとわかったらその中身を知りたいと思うのは普通のことだろ。


 ましてや俺もそれなり以上に秘密を抱えているし、師匠達はその秘密の当事者。

 現代に残されているかも知れない英雄すら殺してみせた遺物と相対しているかも知れないんだ、そりゃあ気になるし手伝わせてほしい。


 ──だってそれ終わらせたら晴れて自由だもん。


 そうなんだよな。

 それが解決したらステルラも死なないだろうし、俺ってばマジで自由になれる。人生を賭けて叶えたい夢を叶えられるんだから、俺はここで本気を出すべきなんじゃないか? 


 まあ師匠が俺の前に現れないから何も進まないんだけど。


「……ステルラ。今日飯食いにくるか?」

「えっ…………な、何が目的?」


 俺への警戒を多少高めてステルラが言った。

 こいつはこうやってチャンスを無駄にするんだな、よくわかった。


「じゃあいいや」

「あー待って待って! 食べたいな〜ロアのご飯!」


 よし、釣れた。

 そしてついでに体が密着しているので柔らかい感触とめちゃくちゃいい匂いがする。普段アピールする事はないくせに、こういう意識してないタイミングでのさりげない接触が俺の心を狂わせる。


 惚れた弱み、か……


「明日戦うのに一緒にご飯食べるわけ?」

「同じ門を叩いてるんだから問題ない」


 これが俺VSテリオスさんだったらそうはならなかったかもしれんが、俺とステルラは同門の幼馴染。どちらが師を継ぐのかは既に決まっているから仲違いする心配もない。


「…………ふーん」

「な、何かなルーチェちゃん」

「くたばりなさい」


 シンプルにひどい罵倒を受けてステルラは涙目になった。


 うなだれたステルラの頭に手を置いて、特に文句を言われないのでそのまま撫でておく。

 俺の唯一の友となった(?)魔獣君は一晩で食材へと成り果てたが、あいつの触り心地は中々悪くなかった。なんかあの時と同じような感覚だな。


「……にへへ」


 だらしない笑い方してやがる。

 そういう所が好きだから文句はない。


「ごちそうさまだ。それじゃあ馬に蹴られる前に僕は帰るとするよ」

「珍しく殊勝だな。拾い食いでもしたのか」

「君は僕の事をなんだと思ってるのかな?」


 畜生。


 俺からの評価を聞き肩を竦めるそういう姿が余計印象を悪くしているのだが、こいつは分かっててやってるので仕方ない。


「ふ~ん、こないだの話バラしちゃおっかな」

「俺が悪かった。何が欲しい?」


 前言撤回、こいつは畜生どころではない。


 畜生を超えた鬼畜である。

 話す事はないだろうとは思いつつ、でもうっかり口を滑らせそうだから止める事しかできない。そして俺がアルを止めるような手段は持ち合わせていないので、最悪な事に何かしらの条件を付けてでも黙らせておくことが最善手だった。


 歯軋りしながら露骨な態度を露わにした俺にクスクス笑いながら、アルは鞄を手に取った。


「冗談さ。男の友情を壊すつもりはないよ」

「嘘つけ、止めなかったらバラすだろお前」

「ハッハッハ! 僕の事をよくわかってるね、親友」


 誰が親友だこのクソ赤毛。

 相変わらず怪しい薄い笑みを浮かべたままアルは教室から出ていく。


 今日は授業が無く、クラスメイトも地震が来た時点で半数も残っていなかった。

 だからステルラは俺達のクラスに来れた訳だが……


「……ロア? 一体なんの事かな」

「気にする必要はない。くだらない男の約束だ」


 流石にこの一撃を知られては俺が不利になる。

 アルの野郎、いつだって場をかき乱して消えていくな。迷惑な奴め。


「また変な隠し事じゃないでしょうね」

「この俺が誰かに隠し事をしたことがあったか?」

「隠し事の塊みたいな男よ、アンタは」


 ルーチェが呆れている。


「……帰る。精々楽しんでおきなさい、ステルラ」

「うん。ルーチェちゃんも一緒にどう?」

「……………………ぶん殴るわよ」

「痛いよ!?」


 ポカッと軽く小突いて、ルーチェは帰って行った。


 どうやら遠慮させてしまったようだ。

 苦虫を噛み潰したような表情だったが、その気持ちは想像するのは容易い。

 多分俺の事が好きなのに、好きな男が本命の幼馴染とイチャイチャし続けた挙句二人で晩飯食べようとか話してたらそりゃそういう顔もするだろうな。ステルラが目の前でそんな会話したら俺自殺する自信あるわ。


「俺達も帰るぞ。買い出し行くが、どうする」

「一緒に行く!」


 明日はついに決勝戦。

 俺とステルラの戦いであり、俺のこれまでの集大成をぶつける日。

 それでも尚敵わないのなら、きっと二度と追い縋れることはなくなってしまうだろう。合理的に戦えばいくらでも俺を倒す手段を持ち合わせるステルラがこれからもっと成長したら、天と地ほどの差を見せつけられる。


 だから、最初であり最後のチャンス。


「ステルラ」

「なに?」


 教室で暫く駄弁っていたせいで陽が落ち始め、既に夕暮れと言うべき時刻に差し掛かっていた。


 隣を歩く幼馴染の顔は夕日で染まり、朗らかな笑顔がより一層輝いて見える。


「負けないからな」

「……うんっ」


 ステルラは俺の言葉を聞いて、嬉しそうに答えた。


「信じてる。ロアはどこまでも追いかけてきてくれるって」

「…………重いぞ、お前」

「それはロアでしょ~?」


 ぐ、ぬ、ぎぎっ……


 誰が重い男だお前。

 俺は昼行灯を自称する男だぜ。


「吹けば飛ぶってこと?」

「上等だ、俺に喧嘩を売るってことでいいんだな? お前の嫌いな野菜盛り合わせ食わせてやる」

「あ、へうっ……」


 はい俺の勝ち。

 ステルラの分際で俺に勝とうなんざ百年早いんだよ。


「……えへへ」

「なんだいきなり」

「なんでもなーい」


 変な奴だな。


 この後は特筆するような出来事も無く、二人で買い出しを行って、二人で料理を作って、二人で食事をとった。


 ステルラを家まで送り、誰も居ない家に戻る。

 食器を片付けて、一息つくために飲み物を冷蔵庫から取り出す。

 その際に見えた、数日間で作りすぎてしまった品物が幾つも並んでるのを確認し溜息を吐いた。


 師匠が家に来なくなって、一週間が経った。

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