第八十四話②
あくびを噛み殺し、少しだけ睡魔に身を任せる。
長い野生生活は俺に多大なる不便を招いたが、それと同じくらい特殊な能力を与えた。
死に対する絶対的な勘、夜目が効く、鼻も聞く、聴力もいい、等々有難いようであまり喜べないもの以外にも便利な力を手に入れたのだ。
名付けて『立直睡眠』。
俺は立ちながら寝るという必殺技を編み出した。
どうしてこれを身につける必要があったのかは涙無しには語れない辛く厳しい現実があったのだから、とても簡潔に説明すると木の上で寝るために習得した。
太い枝に両足つけて背中に全体重を任せる。
無論支えてくれるのは己の身体と樹木だけなので、突風が吹けば墜落するし虫は這いずって来るし魔獣が木を揺らしたりするので最初の頃は死ぬ思いをしながら寝ていた。特に魔獣が積極的に餌を求める時期はヤバかったからな。
地上でうたた寝してたら普通に襲い掛かって来たもん。
「(寝てるわね)」
「(悪戯するかい?)」
「(……やめとくわ)」
コソコソ後ろの方で話している声が聞こえてくる。
意識は落としてても音だけは拾うという野生動物顔負けの危機感である。
布団で寝たらそういうのガン無視で爆睡出来るんだけどな。
『あ~…………怪我人はいない、補習を受けるようなアホ共も無事に合格。ま、及第点じゃな』
尊大すぎる物言いに驚いて目が開いた。
これが学生に言う言葉か?
いや確かにまあ補習受けなくちゃいけないほど勉強を怠っているのが悪いのだが、この学園にそういう生徒がいることに猶更驚く。
本当なら俺なんかが合格できないような超名門なんだぜ?
『儂は今ア~~~~ホかと思う程忙しいからこんなもんで終わるぞ。トーナメント決勝は明日やるからの』
サラッと流して魔祖が降壇する音が聞こえてくる。
師匠も前会ったときに忙しそうだったし、大人達の策謀策略は裏で蔓延っているらしい。子供たちを巻き込まないように、と苦心してくれるのはとても好感が持てるが、手伝えと言われれば吝かではない。そんくらい信用してくれてもいいのにな。
特になんの遅延も無く予定通りに行われた始業式は終わり、順次教室へと戻っていく。
流石にその頃には完全に覚醒しており、仮眠をとったおかげで眠気もサッパリ消えていた。
「おや、目が覚めたのかい?」
「寝てはいたが意識はあった。だから正確に言うなら活動を始めたというのが正しい」
「意識をもったまま寝るってどういう事よ」
どうって…………
「野生の中で生きていくには必要な技能だったのさ」
「……たまに奇天烈な事言うの、どうにかしなさい」
「
クソボケアルベルトを一発ビンタで叩いて、あんっと気持ちの悪い声を出したので触れた手をルーチェで拭き取ろうとしたが、意図を見抜かれて情け容赦のない拳が頬に突き刺さった。
「汚いわね!」
「お、おれはグーパンなんてしてないのに……」
あまりにも躊躇いの無い一撃に動揺を隠せない。
罪悪感を煽る為にわざとらしく演技して見せ、ルーチェに暴力ではなく行動で攻撃していく。俺は才能がないから色んな手段に頼らないといけないんだよね。
「…………そういう意図で触られたくはないの」
はい、俺の勝ち。
すこしバツの悪そうな表情で目を逸らすあたりがまだまだ防御力クソザコだと言わざるを得ない。
「う~ん、変わらないねぇ」
「ああ。根が優しい癖に捻くれるからこうなる」
「ぶん殴るわよ」
言う前に殴るのは普通じゃないんだが、ルーチェにそこら辺の常識は備わってはいないらしい。俺との生活で少しは改めてくれたかと期待していたのが間違いだったぜ。
「やれやれ。ステルラ、回復」
「うんっ」
「なんでいるんだい?」
俺達がわちゃわちゃしてるのを見かねてステルラが近付いていた。
当然魔獣蔓延る山の中を生き抜いた俺は気配探知にも優れている(魔力はわからない)ので、ある程度の動きなら悟れるというワケだ。
「なんでクラスが違うステルラがわざわざここに来たか。それはクラスに友達がいないからだな」
そして俺に回復魔法をかけていたステルラの動きが固まった。
ナチュラルに他人に対してマウントを取ってしまうクソカス性格を保有するステルラが上手く他人に馴染める筈もなく。入学当初からずっと昼休みに俺の教室まで来てるんだから答えは出ていた。
「お姫様は友達が居ないんだねぇ」
「こっちに友達何ているのかしら」
「虐めるのはそこらへんまでにしとけ」
あ~~不憫な面してる時のステルラかわいいな~くそったれ。
…………キモ。
俺は冷静になった。
あまりにも気持ち悪い感情が堂々と表に顔を出そうとしたのを飲み込んで、表情に出る前に塞き止めたのは俺の強固な覚悟のお陰だ。サンキュー師匠、でも許さないからね。
これが青春か。
好きな幼馴染とこうやって冗談言い合える学生生活を送れたのは一重に過去の俺が努力を怠らなかったからだな。
努力はクソだが役に立つ、でもこれ以上努力は勘弁。
「安心しろステルラ。お前が友達いなくても俺は見捨てないし気にしないから」
「あっ…………べ、別に友達くらい……」
「気にするな。俺がいるじゃないか」
「ロア…………」
上目遣いで俺を見つめてくる。
ふん、俺がその程度で籠絡されると思ったか? まあ最初から陥落してんだけどさ。
「もう一回ぶん殴ってやろうかしら」
「流石に教室で修羅場生成は控えた方がいいね」
聞こえてんぞお前ら。
殺意がインストールされた瞳で俺達を睨みつけるルーチェを片手で抑えるアルベルト。しかしその口元は歪んでいるので今もなお他人の感情の揺らぎを推測して面白がっているのだろう。
やっぱこいつ悪の方向に傾いてるよな。
「────っと……揺れてる?」
そんな風に和気藹々とふざけあっていた時だった。
建物がぐらぐらと根元から揺らいでいるような感覚、大きな衝撃を受けた余波のような揺れだった。
それを感じたのは俺だけではなくクラスのほとんどの人間が感じたらしく、皆が皆怪訝な表情で様子を窺っている。
「…………地震ね」
「珍しいなぁ」
呑気に呟くアルと、真剣な表情で何かを考えるルーチェ。
「大人達の企みに関係してるのか?」
「……わからない。でも、大規模な魔力が暴れたりとか、そういうのは感じないわ」
ほーう。
ルーチェは何をやっているのかという具体的なところはともかく何かをやっているって事は把握していたようだ。
「そうか。そうなると、十二使徒総出か」
「いや、半分だけだ。新大陸出向組は戻ってきてないから」
「…………お前、こないだ新大陸から……」
俺の言葉を笑い飛ばしてアルは続ける。
「十二使徒上位組が軒並み協力してるから、揺れはそれの影響だろうね。僕も全然探知できないけど」
「え、ロア。師匠何してるの?」
「さあな」
策謀を張り巡らせるのは不得意ですと自己申告するステルラを尻目に、俺は思考を重ねていく。
十二使徒が総出になって取り掛かるようなことが現代で発生するとは思えない。
あの人たちを除いた最強と呼ばれる人間がテリオスさんだし、どんだけすごい性能の魔道具を開発しても抑えられないだろ。
と、なると……可能性が一番高いのはやはり負債か。
より正確にはグラン帝国の遺した兵器。兵器? あれが兵器なのかは俺にもわからんが、多分そうだ。
「…………まあ、いい」
察するに、俺たちを関わらせたくないんだろう。
多少は噛みつきたい気持ちもあるが、当の本人が姿を現さない。魔祖はいつも通りだったし、俺が首を突っ込んでも特に変わるわけでもない。
「少しは信用してほしいもんだ」
「君は根本がお人好しだよね」
「人の本質が悪意である、なんて現実は好きじゃないからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます