第八十四話①

 繭の胎動する空間は灼熱に包まれていた。


 エミーリアがその四肢を振るうたびに暴力的な爆炎が撒き散らされ、その余波に当てられて白き怪物が蒸発する。次々現れる群もなんのその、汗の一つもかかずに敵を殲滅し続ける。


 既に普通の人間ではまともに呼吸をするのも厳しいだろう環境へと変化させた張本人は、戦いの最中に思考を巡らせていた。


(────おかしい)


 倒しても倒しても減らず、それどころかどんどん数を増していく。

 無限に存在するのではないのかと思える程に変わらない戦況に対して苛立ちを抱いた──そういう訳ではなく、この程度・・・・なのかと疑問を抱いていた。


(こんな雑魚がどれだけ群れてもアルスは殺せない。しかもアステルと一緒に居たのなら、余計殺せるわけが無い)


 アルスの死因はわからなかった。

 身体から魔力が根こそぎ消えており、肉体はなぜか老化が著しく進んだ状態であった。

 魔力吸収も行えるこの『繭』が何かをやったというのは考えられるが、老化を進める魔法なんて聞いたこともない。ないだけで作れるのかもしれないが……、なんて考えてから頭を横に振った。


 アステルの死因は斬撃。

 身体中が傷つけられており、放っておいても出血多量で死を迎えていたのは明らかだったが、トドメとなったのは一振りの斬撃であった。


 そしてその一撃は恐らく、アルスの放ったものという答えが出ていた。


 アステルと消耗度外視でぶつかりあえば確かにどちらかは死ぬだろうが、それをこんな状況で行うとは到底思えない。


(アステルの身を犠牲にしてでも攻撃しなければならない存在が居た)


 それはこの白い怪物ではない。

 きっと未だ姿を顕さない新たな敵か、もしくは────この純白の繭だろう。


「……駄目だな、通らない」


 面で火力を通すのに適しているエミーリアに対し、点に火力を通すのに適しているエイリアスは本体への攻撃を行っていた。


 宙に浮かび上がり、周囲をぐるぐると回りながら魔法による攻撃を続けているもののあまり効果は見られない。接触した瞬間に消失する魔法に眉を顰めつつ後退する。


 内包する魔力が徐々に高まっている上に生み出す石の数も変わらない。

 無限に出続けるのではないのかという疑念が頭の中に浮かび上がるが、それらの不安を振り払い再度紫電を放つ。


 弟子の魔法より洗練された一閃が繭を貫かんと迸る。


 木々を薙ぎ払い水を干上がらせ雷速による防御不可の絶対的な魔法なのに、通用しない。


(…………無駄だ。これから何かが“生まれる”のを待つしかないか)


 現状攻略するのは不可能、幸い周囲で魔法を放つ分にはまだ問題ないので殲滅に参加する。

 魔力制御に秀でている自分達十二使徒でこれなのだから、一般の魔法使いではこの空間に辿り着く事すら難しいだろう。出来れば気が付いて援軍として来てくれると有難いんだが、と溜息を吐いてからエミーリアの隣に降り立った。


「駄目そうか」

「ああ。直撃したら即吸収、ダメージが通ってる手応えがない」


 だろうな、と呟いた。


「物理も効くのか? アレ」

「常人の域を出ない生身の一撃が効くのなら有効打になりうるさ」


 それはないだろうけどね。

 ぼんやりと頭の中に浮かんだのは一人の愛弟子。魔法の才能がなく魔力に愛されなかった英雄に憧れる少年。自らが授けた祝福のみを武器に獅子奮迅の戦いを見せる彼ならば、この繭を斬ることが出来るのではないだろうか。


 こんな死地に彼を呼べる筈もなく、これは完全に希望的観測────つまりはないものねだりだった。


「……癖が移った、か?」


 子は親に似ると言うが、まさか師が弟子に影響されるなんて。

 まあロアは色々癖が強いし我が強いし個性あふれる男の子だから、空虚な自分が染められても仕方ないと苦笑する。


 ないものねだりは何も得られるものは無いが、気が楽になる。

 常々言っている言葉を思い出し、確かに悪い気分じゃないと思う。


「な~にニヤニヤしてんだ」

「ん゛ん゛っ! な、なんのことやら」


 澱んだ空気を払拭するかのように明るい雰囲気が流れる。

 状況は何も好転していないが、二人の心の内に陰りは存在しなかった。


 単体で攻撃を繰り返すことに意味がないと判断したのか、白い怪物達は距離を取る。

 射程もパワーもスピードも全て上回る相手により合理的に勝つのならば連携で。連携しても無駄だと言うのならば、自分達以上のスペックを作り出せばいい。


 生命を持たない存在だからこそ行える簡単な方法だった。


 ぐちゃぐちゃと不愉快な音を奏でながら怪物が混ざり合っていく。


 大人の男性が二人並ぶほどの大きさを誇っていたのに対し、十体ほど吸収と融合を繰り返したのちに、刺々しい突起を生やす巨大な異形へと変貌する。


「趣味わりー……」

「あの男の趣味が良かった時があるのか?」

「ある訳ないな」


 脳内に浮かび上がる災禍の元凶となった死人の顔に苦い顔をしながら、エミーリアは呟いた。


「……バシレオス。あんたはこれを救いだと思えるのか」


 バシレオス・アルス・グラン。

 終戦の時に命を絶った筈の人間が、いまだに現世へと遺物を残し続けている。

 その事実を噛み締めて、断ち切れなかったのは自分達大人の責任だと飲み込んで、再び四肢に焔を纏わせる。


「エイリアス。これ・・はアタシに任せとけ」

「おや、それならお言葉に甘えるとしようか」


 一歩進んだエミーリア、エイリアスは動かない。

 しかし気を緩めたわけではなく、冷静に『次』を観察している。


 この巨大な怪物が最後の敵な訳はないと思っているため、片方が直接戦闘を行い片方が周囲の索敵と観察を行う。

 卓越した実力を持ち、互いを信用しているが故にできる戦い方。


 そしていざという時援護に入るため────有利に状況を見定めるための一手だったのだが、それは敵の行動によって阻害される。


 巨躯の怪物ではなく、白い繭本体から感じる魔力が高まっていく。


 明らかに何かしようとしていると判断し、魔力障壁を展開。

 物理的な攻撃・魔法・環境に干渉する何か──それらすべての懸念出来うる可能性を全て含め、ありとあらゆる遮断効果を乗せる。無論余分に取られた魔力は痛いが、初見で直撃するよりはマシだった。


「……さて」


 鬼がでるか蛇が出るか。

 障壁に包まれる直前に放った炎で上半身が融解した巨躯を無視し、これからが本番だとエミーリアは意気込んだ。

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