第八十五話①
トーナメント決勝当日。
大規模な改装工事によって豪華な施設になった坩堝の待機場で、俺は一人椅子に座り込んでいた。
あ~~、ついに来ちまったよこの日が。
俺の人生における目標の第一段階、ステルラ・エールライトに勝利を収めるという大それた目的を達成する日が。
深呼吸深呼吸、慌てない慌てない。
落ち着きこそが大切だ。こういう大切な場面に向かうのであれば猶更慎重に、それでいて豪胆にいかなければならない。きっと俺はこの戦いで幾つもの博打をうち、限りなくゼロに近い可能性を手元に手繰り寄せるために神に祈るようなことまでするんだろう。
それは織り込み済みだぜ。
「ふ~~~…………はぁ……」
「全然割り切れてないじゃんか」
アルがカラカラと笑っている。
しょうがねーだろ、いくら俺でも緊張することはある。
「ここで君が負けたらどうなっちゃうんだろうね?」
「考えたくもない」
負けたらこれ以上努力しなければならん。
最悪新大陸に放り込まれて十年近く修行させられるかもしれん。魔法とは別のパワーアップ方法を手に入れれば楽になるが、そんな都合がいいもん何処にも落ちてないのでそれは叶わないだろう。
いやだ~~!
「これ以上努力したくない。ここで終わりにしてぇ」
「ほう? エールライトに勝てばお前は報われるのか」
なんか来たんですけど。
ニヤニヤ笑うアルベルトと口元をニヒルに歪ませるテオドールさん、そして隣に佇むソフィアさん。
「久しいな、メグナカルト」
「どうも、お久しぶりです。式には呼んでくださいね」
「貴様だけは呼ばんと今決意した」
ソフィアさんに拒絶されたが、テオドールさんは肩を竦めて誘ってやるとアイコンタクトで伝えてくる。流石アルベルトの兄、よくわかってるじゃないか。
「…………テオ。余計なことしなかったか?」
「なにもしてないが」
「……そうか」
イチャイチャするカップルは応援しに来たのか見せつけにきたのかわからない。
「兄上と、えー……義姉上と呼んだ方がいいかな」
「ソフィアは恥ずかしがり屋なんだ。俺と会うまで異性と顔も合わせられないくらいには」
「初心だなぁ」
ぷるぷる震えるソフィアさんに対するグラン兄弟揶揄い合戦に巻き込まれてはしょうがないので距離をとった。
「こんにちは、ロアくん」
「こんにちは、ルナさん」
「私もいるんだけどなー……」
ルナさんとアイリスさんも一緒に入って来た。
この感じだと先にステルラの所に行っていたのだろうか、でもアルだけはずっと俺の部屋に居るんだよな。なんなの?
「ステルラはどんな感じでしたか」
「絶好調って感じでしたね」
「さいあくだ……」
思わず言葉が漏れる位には絶望した。
これでステルラの調子があんまりよくなかったら無難な勝利を納められるというのに。
でもステルラが弱かったらそれはそれで問題なんだよね。何度も繰り返し言うことになるが、俺の目標はあくまでステルラ・エールライトが死なない事なので、非常に悲しい事にアイツが強くなり続ける事を祈っているし願っているし確信している。
俺の出番なんて必要ない位に強くなってくれればな~!
「やっぱ負けっぱなしは嫌だな。一回くらいどんでん返ししてやらんと気が済まない」
「え? ステルラちゃん子供の頃に負けたって言ってたけど」
は?
アイリスさんをじっと見つめる。
『やべっ、やらかした』と言わんばかりの全力の目逸らしを許さずに近付いて顔を思い切り見合わせる。
「誰に」
「ロ、ロアくんに」
俺が子供の頃にステルラに勝っただと……?
思い返してみよう。
出会った日。
当時既に英雄の記憶があったおれは無双できると信じており、勉学で当然高得点をとった。間違えたのは一問だけだったが、ステルラは満点だった。その後の魔法実技はおれは発動できず、ステルラが発動しておれに直撃させた。涙目になった。
明らかにこの日じゃないな。
あとあり得るとすれば…………
?
思いつかないが?
「直接聞くしかないな」
「勝てばいいじゃないですか」
そうそう、勝てばいい。
勝てば──……ん?
あれ、待てよ。
そういやあの時アイツなんて言ったっけ。
なんか大事な事を聞いたような気がするんだが、どうにも思い出せん。誰にも負けないみたいな事を言っていた朧げな記憶があるのにな~。
「今ならロアくんの一番を奪えるのでは」
「それは無理ですね。俺の中でステルラが一番なのは変わらないので」
「ちっ……」
残念だったな。
本人に言う事は絶対に無いが、俺はステルラが死ぬ可能性を失くすためだけに全てを投げ打って生きて来たんだからそこは揺るがんよ。
「やはりお前は面白い。ステルラ・エールライトの覚醒はお前なくして成し得なかっただろう」
「そんなことはない。あいつは天才で、ガキの頃から英才教育を施されて来た魔導の結晶だ。俺が居なくても別の方向性からあの領域に辿り着いています」
ルナさんが至ったように──この言い方をすると語弊が生まれるかもしれないが──ステルラは少女のような精神性を除いて全てが異常である。
一を聞いて十を知り、己の試行錯誤で百を手にする。
そういう類の怪物。
頬に一筋の紅葉を刻み微妙に締まらない空気感を漂わせつつ、一切それらを気にしない豪胆さを見せつけながらテオドールさんが続けた。
「身内贔屓、過大評価、盲信…………エールライトを少し特別視しすぎだ」
「他人からそう見えるのも仕方ない事だと諦めています。俺にとってステルラは希望なんだ」
そうだ、希望だ。
心の奥底ではきっと、ステルラならば俺の助けが無くても全てを丸く収めて解決してくれると願ってる。
だってあいつは天才だから。
英雄の記憶を持って生まれた俺じゃあ太刀打ちできない強大な敵にただ一人立ち向かい、勝てると俺は信じてる。
「希望?」
「ああ。きっとステルラなら大丈夫なんだ」
「……それは、精神性の話か」
「違う。生きるか死ぬか」
そう信じたい。
ステルラが死ぬなんてこと考えたくもない。
突き抜けた星の輝きが手に届かなくなっても、それでも輝き続けてくれる。昔のおれ──かつての英雄の末路を知るまでは、きっと、湖面の月を眺めて哀愁に身を浸らせるだけで満足していた。
なのに知ってしまった。
俺なんかより、それこそステルラよりも強いであろう『英雄』という偉人の末路を。誰にも見送られることもなく、ただただ妄執とすら呼べる悪意に引き摺られて死んでいったことを。
きっとその時点で師匠に告げればよかったんだ。
ロア・メグナカルトという一人の人間の足掻きなんか無視して、徐々に見る内容が増えていた英雄の記憶を利用して大人達全員を巻き込んでおけばよかった。
俺の人生なんか考えずに、それだけを祈っていればよかった。
でもそれは選ばなかった。
理由は何であれ、選ばなかったから今日この時がある。
気づけばステルラだけじゃなく、俺の手に余るくらいたくさんの人に出会った。
その誰もが、負の遺物が目を覚まし再度侵略を再開すれば────その命を散らすことになるのだろう。
「待て、何の話をしている」
だから、俺は英雄の軌跡をなぞった。
ステルラ・エールライトという希望の星が輝きを失わないように、俺が全部終わらせてやると。
「俺は何もかもがハリボテで、借り物で、偽物で、テリオスさんの足元にだって及ばない」
いつの間にか、誰も言葉を発さなくなっていた。
いつもならばこんな雰囲気で真面目に、己の内心を吐露するかのような言葉を紡ぐことはあり得ない。
でも続けてしまった。
きっと、その、なんだ。
多分俺も不安なんだと思う。
だって俺はステルラに勝って、実力を証明しなくちゃいけない。証明して、役に立つのだと知らしめて、初めてスタートラインに立てる。
「それでも誓った。あの日あいつが紫電に情景を抱いたあの瞬間。
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