第八十一話

 夏休みが終わるまで残り一週間。


 楽しい楽しい帰省や旅行が終わってしまってからは肉体を痛めつける事に集中していた為に、折角の長期休暇が血と汗にまみれてしまったのは大変心苦しいことだった。


 そこまでやって得られたものが殆ど無いってのが一番つらい。


 才能の限界値、とでも言うのだろうか。

 身体のキレとか鋭さとか剣技とか、そう言ったものの大半が頭打ちに到達した。

 たぶん、俺はこれ以上強くなれることは無い。少なくとも俺だけの力で戦うのならば、これ以上を望むことは出来ないだろう。


 それを悟ったしアイリスさんにもやんわりと伝えられたから感謝を告げた後に家に引きこもり始めた。

 やる事と言えばイメージトレーニング──なんてものはやらず、ベッドに横たわってぼーっと天井を眺める事だけだった。大半の本も読んでしまったし、コンディションを維持する事しかやる事が無いとも言う。


 これ以上強くなれないなら、これ以上弱くならないように現状維持をする。

 俺に出来る事はそれだけで、あと何か出来る事があるとすれば、かつての英雄の記憶を必死になって思い返す事だけ。


 ベッドに横になってゆっくりする機会が出来たのはすごくうれしい。

 そこに至るまでの過程でズタボロになっているが、それでも今こうやってのんびりできる事はとてもいい事だ。


 ……そう思えるのだが。


「は~い、ロアくんお肉焼けましたよ」

「……それ私が焼いてた肉なんだけど」

「いやあお手頃なお肉があったのでつい。野菜あげますよ」

「生で手渡すんじゃないわよ!」


 ぎゃあぎゃあと目の前で喧嘩を繰り広げる二人の女、それをオロオロしながら止めようか悩む女、我関せずと言わんばかりの調子でのんびり肉を焼いている女。


 こんなにも協調性がないバーベキューはそうそうないぜ。

 喧嘩してるのはルナさんとルーチェ、オロオロしてんのはステルラ。お前なんで居るの? 


「仲良いねぇ〜」

「親しき中にも礼儀あり、という言葉がある程度には」


 のんびりと肉を焼いていたアイリスさんが呟く。

 和気藹々……うん……たぶん…………肉そっちのけで喧嘩を始めたルーチェとルナさんは放置して、俺も二人が育てていた肉を普通に取る。


 このままにしてたら焦げるし、美味しいうちに食べてあげるのがせめてもの責任と義務ではないだろうか。


「うむ、美味い。アイリスさんもどうですか」

「私は自分で育てるからいーの。ちゃんと野菜もたべないと駄目だよ?」

「別に好き嫌いはないんですけど……」


 ポンポン皿に乗せられていく青や赤の野菜を次々に食べ続け、気付かれない間に次の肉を投入する。

 生肉触ったトングでそのまま食ってるけどまあ大丈夫だろ。魔力パワーで殺菌されてる気がするし、山暮らしの時も生肉食べたけど腹下して高熱出た程度で死ななかったしな。


「それは多分大丈夫じゃないね」

「死ななかったし五体満足なんでセーフ判定っすね」


 なんなら焼いてない野菜もいける。

 毒があったりとか新鮮じゃないとか、そういう理由がない限りは問題ない。


「ステルラ、これやるよ」

「えっ、あっ、ありがとう……」


 焼けた肉と生焼けの野菜を一緒に放り込んでおく。

 いつも通り二人が戯れあいを始めて、ステルラはその間に割り込むことができないコミュニティ能力しか持ってないので、心優しい俺はわざわざ構ってあげてるのだ。いや〜優しいな俺って。


「ステルラちゃん、それ貰うね。代わりにこれあげるから」

「えぇっ」


 そしてアイリスさんに肉を奪われる、と。

 助けて欲しいって目で俺を見てくるんだが、俺は俺で食いたい肉がある。


 ルナさんが親の財力を存分に振るい用意してきた肉は高級なものばかりで、本当ならこんな雑に焼いて食うより料理人に任せた方が美味しい仕上がりになるだろう。

 でもやっぱりこのバーベキュー特有の自分で焼いて食べるというのが楽しいんだよ。


「はいロアくん、あ〜ん」

「む」


 アイリスさんから差し出された肉を頬張る。


 うむ、美味い。

 現状俺の中で一番美味かったのは山で暮らし始めて一週間でようやく捕獲した動物の素焼きなんだが、あれはシチュエーションが仕事をしすぎたから美味く感じた。死の一歩手前までひもじい思いをしてから食べる肉はこんなに美味いのか、と。


 ボロボロ泣きながら食べたもんだ。


「美味いっす」

「えへへ、良かった」


 ニコニコ俺を見ながら彼女は楽しそうに笑った。

 う〜ん、剣に狂ってなければ最高の女性なんだがな。

 身体付き・顔・性格、どれをとっても良い女性だと思う。性格に性癖は含まないことにする。


「……………………」


 そして俺達のことを見ながらもそもそ肉を頬張る女、ステルラ・エールライト。


 なんだその目は。


 じ〜っと俺のことを見てくる。

 ちょっとこう、目からハイライトが消えつつある。 


「取られた……」

「そもそもアンタの物じゃないでしょ」

「そうだそうだ!」


 しょげるステルラに突っ込むルーチェ、それに便乗するルナさん。

 この二人俺とかステルラに攻撃するときだけいやに仲良くなるんだよな。最悪のコンビネーションだよ。


「なんだルーチェ、嫉妬か?」

「……いいえ、嫉妬なんてする訳ないでしょ。──そもそもアンタは私のものだから」


 は? 


 困惑する俺をよそに、ルナさんも続いた。


「いいえ違いますよ、私のものですから」

「あっ……ふーん。私のものなんだけどナ~」


 棒読みが入ってんだよなぁオイ。

 何をやりたいのか理解したので俺は勿論黙っておく。

 幼馴染であり俺の好きな女がボコボコにされているのはあまりいい趣味ではないかもしれんが、少なくともガキの頃からボコボコにされ続けて来た恨みはこんなものじゃすまない。


 どうやらルーチェも実力じゃ勝てないからこっち方面で攻める事にしたようだ。僅かに頬が赤く染まってるのは、見逃してやろう。


「…………がう」


 がう。


 謎の威嚇音を出しながら、ステルラはそっぽ向いて一人で肉を食べ始めた。


 あ~あ、コミュ障拗らせて壊れちゃったよどうすんのこの空気。

 パチパチと火が弾ける音だけが響く中、ルーチェがチラチラ俺を見てくる。


 肩の一部分だけが露出している解放的なトップス、太ももあたりまでしかないかなり短めのショートパンツ。


 かなり目のやりどころに困る服装だが、俺に遠慮何て言葉は存在しないのでジロジロ見回して似合っていると褒めた。顔面に拳が飛んできた。


 え、もしかして俺に解決するように求めてんのか? 


 この流れで? 

 明らかに俺は関係ないだろ。

 悪乗りしたのはあなた達三人であり、俺はどちらかというとダシにされただけの被害者である。


 その意を込めてルナさんの事を見たが、彼女は吹けもしない口笛をひょろひょろ吹いて肉を観察していた。この女…………


 後でシバく事を決意しつつ、俺はステルラに近付く。

 音を聞き取ったのか僅かに身動ぎしたが、意地でも振り返るつもりはないらしい。


 前みたいに溜め込むよりは全然マシだな。

 構って貰えなくて寂しいのに言い出さずに一人で何処かに行こうとするバカ師匠に似なくて良かったぜ。


「おいステルラ」

「…………」


 無言で肉を頬張り続ける悲しきモンスターに成り果てた幼馴染の肩に手を置いて、う~ん、ここからどうしよっか。

 特に何も考えていなかったために背後から身体に触れている変質者に変貌しつつあるが、一度ビクリと身体を震わせるもののステルラが抵抗することは無い。それどころかなんか、こう……ジリジリこっちに向かってきてる。


 別に俺は構わんが、こいつは防御力を自分で下げている事を自覚してないのだろうか。


「そもそもお前なんでいるんだ?」

「うえ゛っ!?」


 俺の言葉に驚愕し、思わずと言った様子でステルラは振り向いた。


 勿論その時に罠を仕掛けるのも忘れない。

 肩に置いていた指を伸ばし、頬に人差し指が刺さるようにおいていたのだが、ステルラの勢いが良すぎて俺の指から異音が鳴るのと同時に変形してしまった。あ~あ。


「痛ぇ……」

「ああっ! ご、ごめんね」


 完全に俺が悪いのだが、ステルラは甲斐甲斐しく回復魔法をかけてくれる。


 そこに罪悪感は一切抱かない。

 こいつ、悪い男に一瞬で騙されそうだな。


「ステルラ。俺とお前はトーナメントの決勝で雌雄を決すると決めたよな」

「……うん」

「言わば敵同士。俺とお前は運命の相手だ」

「う、運命!?」


 そこかよ。


 頭の中お花畑の乙女同様の思考回路になってる。

 俺のように幼い頃から中二病に至り即座に現実を見せつけられればそんな甘い考えを抱くことはないのだが、ステルラは抗体が出来てないから駄目だったのだろう。


「あーうんそうそう、俺とお前は運命だ。出会うべくして出会ったのだ」

「アンタ恥ずかしくない訳?」

「おや、男を自分の物宣言した俺の事大好きおん」


 どうしてだろうか。

 俺は何時だって矛先全開、世の全てを呪ってでも言葉を吐きだし続けてやると心に誓ってから、顔や体に刻まれる痛みと恐怖が増したように思える。


 言葉なんだからせめて言葉で返して欲しい。

 最初から暴力に頼っていたらロクな大人にならないんだ。


「何も見えねぇ……」

「デリカシー無さすぎです」


 俺が悪いみたいになってるじゃん。

 回復魔法すらかけず、俺の潰れた目の事は放置してこの女共は食事を再開した。ステルラは俺の近くにいる筈なのに回復してくれない。泣いた。目が潰れてるから涙が出ないけど。


「どうして俺の身の回りにいる女はどいつもこいつも手を出すんだ。俺はこんなにも紳士的だというのに」

「自覚ないまま悪逆非道を尽くすのは巨悪と称されるんですよ」

「なるほど、自らを語るのは得意なんですね」


 熱っつ~~~~!! 


 ジュッ! という音を立てながら俺の顔面に肉が飛んできた。

 肉汁が頬を撫で食欲をそそる香りが鼻腔を擽り、それと同時に徐々に治っていく視力の気持ち悪さを並行して味わいながら肉を頬張る。


「はい、あ~ん」

「あふひ(熱い)」


 倒れて目元がぐじゅぐじゅ言ってる俺に対して遠慮なく肉を放り続ける悪女、ルーナ・ルッサ。


 エミーリアさんに報告してやろうかマジで。

 あーでも駄目だ。なんか俺が悪い扱いになって負ける気がする。 


 負ける戦いは極力避けたい俺はこのまま泣き寝入りをせざるを得なかった。


「…………ふふふ」


 すっかり視力が元に戻り元気に立ち上がった俺を見て、なぜかルナさんは楽しそうに呟いた。

 相変わらず表情筋になんらかの故障があるのではないかという無表情ではあるのだが、それでも、彼女が出来る限りの微笑みを浮かべながら。


「……続けば、良いですね」


 今が。


 今が、続けばいい。

 今が続いて欲しい──そういう言葉だった。


「続きますよ」


 俺が死ぬまでは。

 流石にこれをいう事はなかったが、その意味を悟ったルナさんは小さくため息を吐いた。


 近いうちに戦う相手が一緒にいるのはまあ良いだろう。

 結局、ステルラも俺は置き去りにするんだから。いくらルナさんが一緒に生きてくれるとはいえ、現状あいつの心の一番重要な場所にいるのは俺だ。…………多分、俺。


 それならば、俺が死んでから五十年くらいは引き摺ってくれるように散々思い出を作ってやるのも良い復讐になるのではないだろうか。幼い頃から無自覚に俺の心を蹂躙した罰である。


 やっぱりこの路線で攻めるのが一番だな。

 ステルラも師匠もルナさんも長寿で格上の人間に対してはやはりこれが効く。俺が死んだことに対してマジで一生引き摺ってて欲しい。


「またロクでもないこと考えてるわね……」

「死に方を選べるのは幸せだと噛み締めていたのさ」

「洒落にならないのよ、アンタの場合」


 そう言いつつもルーチェは余裕と言った顔だ。


 だろうね。

 ルーチェ俺と一緒で才能が超絶ある訳じゃないから、凡人の中の天才にはなれるけど、天才の中の天才にはなれない。まだまだ伸び代はあるけどそれも人を超えられるような場所ではない。


 ある意味俺とルーチェは相性抜群だぜ。


「な、ステルラ」

「うん。そうだねっ!」


 何もわかってなさそうな顔でホクホク肉を頬張っている。

 機嫌が元に戻ったようで何よりだ。俺はお前の不幸な顔を見ていたいが、それと同じくらい笑って幸せそうなお前を見ていたい。他の男には絶対に見せたくない。


 …………最近、独占欲がよく噴出するな。

 昔から欲望だけは大量に抱えているのだから無理もないことだ。

 十年近く我慢し続けたんだから、この程度の感情を心の内で呟くのは許されても良いだろ? 


 俺の気持ちなんて露知らず、呑気に飯を食べ続ける幼馴染のことを横目に見ながら、怠惰な一日を過ごした。


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