第八十話③
刃を潰してある特別性の剣を握り締め、俺は何時もの形、つまり霞構えのままアイリスさんへ向けて一歩踏み込む。
────その瞬間、アイリスさんは俺より早く踏み出した。
そりゃ妨害しろとは言ったけど最初からやってくるとは思わないだろ!
見てから反応したことから察するに身体強化も使ってる。俺の要望通りガチガチに嫌がらせをしてくれるらしい。
才能ある連中はこれだから困る。
俺はその現実を改めて脳に刻み込んだ。
忘れるな。俺の相対する人間は全て俺より才能があって努力も出来て強くて格が上だ。
どこか勘違いしていたかもしれない俺の自己評価を再度最低まで叩き落してから、アイリスさんの突きを避けるために受け流す。
独特の金属音を奏でながら緩やかに滑っていく剣を弾こうとするが、そこを力で抑えつけられる。
──まずい。
失策を悟りつつ、がら空きの胴体へと振るわれる蹴りの間に肘を差し込むことでクッションにする。激痛と共に衝撃が内臓まで伝わってくるが、少しでも痛みを減らすために自分から跳ぶことで緩和した。代償として既に右肘がジリジリ痛いぜ。最悪だよ。
横跳びして着地するが、少々不安定な体勢。
その隙を見逃される筈もなく容赦のない高速移動からの大振りな追撃が飛んでくるのに対し、俺はここで凌ぐ事ではなく真っ直ぐ処理する事を選んだ。
ガッッ!! という大きな音と共に鍔迫り合う形に誘導し、その隙をついて身体を密着させる。
「随分情熱的だね?」
「少しは滾ってるんで────ねっ!」
口づけでもするのかという至近距離まで顔を近付ける。
ギラギラと今にも爆発しそうな輝きを秘めたアイリスさんの瞳と見つめ合い、口角がつり上がるのを実感する。
少しだけ、俺自身でもわからなかった事だったのだが…………この瞬間悟った。
どうやら俺にも、俺だけのプライドってものがあったらしい。
「あはっ、ロアくん…………!」
何だと答えるのも野暮だった。
互いに考えている事は同じだと、なんとなく確信している。
以前トーナメントで戦った時とは全く違う感情。
勝てない相手に挑むことが嫌いで、そもそも戦う事が嫌いな俺が高揚している。
まるでルーチェと初めて戦った時のように、俺は今、血が流れる事すら楽しんでしまえるだろう。
「きみ、本当は!!」
やめろよ。
言うなよその続き。
アイリスさんの腹部へ渾身の蹴りを叩きこもうとするが、それを察知したのか後ろへと跳び──すぐさま俺に斬り返してくる。身体強化に身を任せた暴力的な加速だが、俺にはそう来ることがわかっていた。
首筋に迫る剣が命の危機を知らせ、心に抱えたままの恐怖心や劣等感という感情を吹き飛ばしながら突き進む。
チリ、と。
僅かに俺の首筋を、アイリスさんの剣が掠めた。
しかし断ち切られた訳ではない。俺の首はしっかりと胴体に繋がったままなのだから、この程度のリスクはノーリスクとさして変わらない。
そしてそのまま前のめりに倒れ込むような深さで沈み込み、踏み込んだ足を軸に大きく剣で斬り上げた。
弧を描くような一撃──たとえ相手が巨大な怪物だったとしても確実に斬り殺せるであろう斬撃に対し、目を見開いて集中しきったアイリスさんは反応して見せる。完全にがら空きだった筈の胴体は強制的に生み出された運動エネルギーによって前へと消えていき、俺の剣とは真逆の弧を描きながら空を舞う。
そこを逃す手は無い────!
そのまま追うように剣を動かそうとした俺の考えを嘲笑うように、斜め上の選択肢を取ってくることも予想して。
空中のままならば加速は不可能だろうと判断したのは間違いじゃなかった。
「────バランスくらい、崩せよ……っ!」
笑みすら消し飛び全ての意識をここに集めているだろうアイリスさんにとって、空は弱点になりえない。
剣を握った手から伝わる力を正確に受け止めながら、その勢いを活かして後方へと────
飛ばない!
俺の胸倉を掴み、身体強化による恩恵を受けた肉体によって無理くり空へと身を投げ出される。
くそが、なんでもありじゃねぇか! そう悪態をつく暇すらも勿体ないため思考を断ち切るが、既に遅かった。
追撃の剣よりも先に背中にぶつかった衝撃。
狙いはこれか!
壁に叩きつけられた事で肺から空気が漏れ出す。
一瞬視界が明滅したのを理解し、そして、直感と呼べるかすらわからない感覚で俺の身体は勝手に動いていた。
予知能力とまではいかないが、死の感覚に対する嗅覚。
俺が最も優れている才能はこの瀬戸際でも大活躍だ。その内褒美をやるよ。
俺の胴体があった場所に奔った斬撃は強化されてる筈の壁を容易く切り裂き崩壊させる。
あれに当たったら確実に死ぬ。
死なない程度に加減してくれるかもしれないが、ワンチャン死ぬから駄目だな。食らえない。
「……………………すごいなぁ」
嫌味か?
こっちは肩で息をしてるのに対し、アイリスさんに呼吸の乱れはない。
まあ当然だよね。向こうは身体強化でもりもりに持ってるけど俺は使ってない。
ていうか、この感じから察するにさ。
トーナメントでも普通の順位戦でも使ってなかった身体強化使ったら、アイリスさんはどこまで伸びるんだよ。
そんな俺の考えを否定しつつ、答える。
「あはは、違うよ。私並行して使えないから」
「……そうですか。それは嬉しい話だ」
「これはね、意味が無いの。ある意味ロアくんにしか通用しない奥の手だね」
意味が無い────呼吸を整えつつ立ち上がった俺に対し、小さく呟く。
「身体強化なんて当たり前、この程度の速度は当たり前、この程度の強さは──この学園じゃ、当たり前。だから私は魔法を全部剣に注いでるんだ」
「あー…………そういえば、そうでしたね」
ルーチェと戦った時を思い出した。
俺からすればルーチェの身体能力は圧倒的に格上なのに対し、無理矢理光芒一閃と素の身体能力で対抗していたあの順位戦。
まったく、羨ましい限りだ。
身体強化すら他人の力を借りなければ使えない俺からすれば全員が強者。
その大事な基本をどうやら、少しだけ忘れていたみたいだ。
「…………俺は、才能がない」
「私から見れば才能あるように見えるんだけどなぁ」
「だまらっしゃい。俺は今過去を見詰め直して悪かった点を非常に遺憾ながら洗いざらい抜き出している最中なんすわ」
「……たぶん、才能無い人はそんな努力できないよ…………」
まあ、それが才能で片付けられるのは構わない。
正しく俺にとって才能がないことを自己認識していれば問題ないのだ。
だって俺は誰かさんの記憶を頼りに生きてきてるんだもん。自分自身が何か大事な事をしたわけじゃないと理解しておけ。
「でも、ちょっと安心したよ」
「安心ですか」
「うんっ!」
先程までの戦闘モードとは打って変わり、アイリスさんは花開くような笑顔で言う。
「ロアくん、私と戦うの嫌いじゃないでしょ!」
……………………。
「いや、そんなことは……」
「あんなに楽しそうだったのに~?」
……………………いや、違うんだ。
否定させてくれ。俺は確かに残り僅かのプライドが高揚していると独白を重ねた。
しかしそれはあくまで戦闘時に昂った異常状態だからこそ導き出した答えであり、ようするにイレギュラー。平時の俺は勿論、トーナメントだってぶっちゃけ戦いたくないと思いながらやってたんだからそれはあり得ないだろ。
「理由は私にはわからないけど――――そんなにイイ目で見られちゃうとさ……」
ゾクリと背筋が凍り付くような笑みを浮かべ、アイリスさんはゆっくりと剣を構え直す。
「がんばれ男の子! 好きな子に勝ちたいんだろっ」
「ぐ、ぐぎぎぎ……!!」
歯軋りをして顔を顰める俺に対し、より一層深みのある笑顔で笑った。
この後やる気に満ち溢れたアイリスさんの魔力が切れるまで永遠にボコされ続けたのは言うまでもない。いきなり強くなることはないが、自分自身の実力を見詰め直すには丁度いい機会だった。勿論ステルラとの差を感じて絶望したところまでがワンセットである。
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