第八十話②
────剣を振るう。
一閃薙いでもう一閃、一撃一撃で命を奪うという意思を籠めながら連続で斬り続けるという矛盾。それでも尚防がれる俺の剣技に自信がどんどん失われていくがしょうがない。相手は俺の思う最強に近い人間なのだから。
片手でいとも容易く振るわれる絶命の一振りを受けて捌いて身を翻し避け、ようやく差し込める一手も空いた片手で受け止められる。
そうだよな。
アンタならこの程度簡単に受け止められる。
きっとそれはステルラも同じだ。あいつはフルプレートに身を包んでいたりしないけど、有り余るほどの魔力強化によって生身とは思えない強度になるのは間違いない。
そんなことはとっくの昔にわかってんだ。
フルプレートの隙間を縫う斬撃何て今更要らない。
既にそれは出来る技術であり、俺に必要なのは鎧を相手にした戦闘方法ではない。力押しに対して抵抗する術を見出す事だ。
まあそれが簡単に見つかるようなら俺は才能が無いと嘆くことは無かっただろうし、こんな風に記憶の中の敵を頼りに藻掻いたりする必要が無いワケだ。
あ゛~~、勝てる気しねぇ~~!
空想の中で命のやり取りをしてみたが毎回普通に首を跳ね飛ばされて終わる。
俺のイメージが強すぎるのか? いやでもこの記憶を頼りにするとこうなるんだよな。だってこっち(英雄)も強い筈なのにそれでも追いつかない時とかあるもん。合計で五回くらい戦ってるけど一回目は惨敗、二回目も敗走、三回目でやっと
俺の上位互換がそんなザマなんだから俺が勝てる訳無くない?
剣を握って身体を動かすだけが鍛錬では無いとは言え、身体が資本の俺としては、なんだかこう……ちょっとでも動かしてないともやもやする。別に運動が好きとかそういうわけではなく純粋に、少しでもやってないと焦りがこみあげてくるからだ。
俺らしくないが、俺だって人間だ。
いつも冷静沈着で頭脳明晰な俺にも焦る時はある。
と、いう訳で頑張るのにも具体的な策が必要だと改めて認識したので次の手段へ移行することにした。
「ロアくんから呼び出しがあるから期待してきたのに……」
アイリスさんがぷりぷり怒っている。
「嫌でした?」
「嫌とかじゃないけど……残念な気持ちになるの!」
女心はよくわからん。
俺は単に『助けて欲しい事がある』って相談しただけなんだが……
「いーもんいーもん、どうせそんな事だろうと思ってたもん……」
しょんぼりしてしまった。
俺がアイリスさんを呼んでお願いしたことはただ一つ。
俺の剣を見定めて、貴女の感性で構わないから伸ばせる方向性を教えて欲しいという願いだった。
俺はかつての英雄の技を参考にしているけれどそれだけじゃない。
他にもたくさんの剣豪を勝手に利用しているしごちゃまぜになってる部分がある。霞構えなのはそこから技を展開することが基本だったから真似してるだけであって、俺が剣技を培ったわけじゃないのがここにきて響いている。
その旨をアイリスさんに伝えたところ、まあまあ予想外な感想が返って来た。
『ロアくんの剣? 確かにたまにバランス悪いな〜って思うことはあるけどそんなに変には見えないよ』
と、改造の余地があることを教えてくれた。
だから今日改めて誘ったんだ。
『今日デート(斬り合い)しませんか』
『デート(お出かけ)!? いくいく〜!』
以上、ここまでの経緯。
「デートはデートでしょ! なんで学園に来るのさ!」
「誰にも知られない良い場所があるって言ったじゃないですか」
「言ったけどさぁ~~~~!」
不満が止まらない様子でアイリスさんはカチャカチャ音を立てて剣の整備を始めた。
なんだかんだ言って準備はしてくれてるので素直に謝っておこう。俺が女性の心を弄んだと噂がたってもめんどくさいし。
「すみませんでした。今度俺の家に招待しますよ、何もありませんけど」
「…………二人きりって条件付けてよね」
許してくれるらしい。
優しい心を持った女性が周囲にいるお陰で俺の人生は安泰に向かいつつある。
具体的に言うと、燃やしてきたり痺れさせてきたり殴ったり蹴ったりしてこない女性は貴重なんだ。おかしいよね。
「へっへ、言ってみるもんだね」
「もしかして俺の事嵌めました?」
「さ~~~てなんのことかな~?」
この女ァ……ッ!!
俺はアイリス・アクラシアという女を勘違いしていた。
狡猾で目標を達成するためならどんな手も厭わないタイプ、つまり俺と同族。気が合うじゃないか、くそったれめ。
先程とは打って変わり楽し気に剣を手に取り、部屋を見渡す。
「学園の個人練習場──まさかここで斬り合おうなんて、考えもしなかったよ」
「夏休みとは言え申請さえすれば使えますからね。密室で周囲に見られることも無く、それでいて犯罪にはならない合法的に訓練が出来る場所。ここを使えるのは俺達の特権ですよ」
ステルラと俺によって地雷を踏み抜かれ許容範囲を悠々超えたルーチェが不貞腐れて隠れた場所でもある。
俺が使う時は魔法実習をなんとか合格するために使うときなので、ここを血に塗れた空間に変えてしまうという事実には申し訳なく思う。だって俺達がこれからやるの、殺意が無い殺し合いだし。一番やりたくない手段をやらなくちゃならん領域まで押し込まれてきてるのが最悪だよ。
あ~あ、もう剣を競い合う必要なんてないと思ったのにな~!
最強格になったと思ったのに上にまだ人がいるなんて誰が思うよ。魔法全盛の時代と言っても過言ではない現代に於いて他人の記憶でズルしてる俺を超える怪物が居るとは思わんだろ。
「なにぶつぶつ言ってるの?」
「この世に苦しみなんて言葉が無ければいいのに」
「たまに聖人みたいな事言うよね……」
聖人君子を志した事は無いが、少しはそうありたいと願う心はある。
そうじゃなきゃ英雄なんて二つ名抱えて生きてられない。でもそうやって生きるのは俺にとってストレスだからそんなもん知るかと言わんばかりに投げ捨ててヒモ志望全開マックスで人生をお送りさせてもらっている。こんだけ苦しんでんだからそれくらい許してくれ。
「今日の予定は?」
「とことん俺に対して
「ん~……いいけど、私とステルラちゃんじゃ違うよ」
「わかってます。でも共通点がある」
共通点? と疑問符を浮かべるアイリスさん。
俺が思うに、アイリスさんの剣は才能が大きい。
だっておかしくね。我流でひたすら磨き上げて来た剣技しか習得してない上に学園にも本当の剣豪と呼べる存在なんていないのに、彼女は俺の剣を見抜いた。確かに複数人からハチャメチャにパクって今の形にしたとはいえ、俺なりに整えているし師匠と共に組み上げたんだ。
それを我流で剣を振って来た人間がわかるとは、俺には思えない。
だから才能だと評価した。ステルラが魔力・魔法・戦いにおいて天賦の才が与えられたように────アイリス・アクラシアは剣に於いて圧倒的な才を保有すると。
「つまり、才能がある人間がどう対処してくるのかを知りたいのかな」
「そういう事です」
テリオスさんやテオドールさんも中々得難い人材ではあったのだが、今回はアイリスさんが適任だった。
だって俺は魔法を使用した戦いを極める事が無意味だもん。あの人達剣も使うけど本質は魔法だからな、所謂英雄とお揃いの『魔法剣士』ってヤツ。師匠が俺を仕立て上げようって冗談で言ってたヤツね。
当然魔力の無い俺は魔法剣士にはなれなかったが、時間制限付きで魔法剣士に追い縋れる手段を手に入れた。
でも基本が魔法じゃない。
師匠曰く、俺にとって最も根幹にあるのは
どれだけ打ちのめされ弾かれみっともなく敗北を喫したとしても、決して折れない鋼の心なんだとさ。
そしてそれはもう完成している。
よって、俺がこれ以上磨けるとすれば魔法か剣の二択。
魔法は自力で使えないんだから剣を選ぶのは必然。
「という訳なんで、アイリスさんは俺の剣が何も対処を選べなくなるくらい嫌な選択をひたすらし続けてください。泣きながら食らいつきます」
「泣かれるのはちょっとイヤなんだけど…………そういう事ならわかった。お姉さんに任せなさい!」
そう言いながら剣を手に持って立ち上がった。
服装は汚れてもいいやつって伝えてあるから簡素な運動着だが、煌びやかな装飾に身を包むよりこっちの方が俺は似合ってると思う。本人が喜ぶかわからないから言わないけど、アイリスさんは戦いの中で輝く女性だから。血に塗れたドレスも美しいかもしれないけどな? 俺の好みはこっちなんだ。
「先手は……俺が貰います」
「フフン、しょうがないなー。────いつでもいいよ」
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