第七十九話②

 それなりに纏まった額をポンと残し師匠は何処かへ消えて行った。


 大人達の作戦を教えてこないあたり俺達子供に伝える気はないんだろう。

 巻き込みたくないという願望からなのか、単純に戦力も人数も足りてるのかはわからん。学徒動員をしなくていい世の中だというのは、かつての英雄にとっては嬉しい世界になったのだろう。


 その分大人達は大変だ。

 俺がそんな立場になったら血反吐を吐いて毎日地べたを這いずりながらじたばた暴れて休みを要求する姿が見える。


 そしてやる気の欠片もない俺は今日も楽しく読書を貪る──事が出来れば良かったのだが。


 誠に遺憾ながら現在は夏休み。

 ただ無様に怠惰に時間を消費するのにもってこいではあるのに俺はその選択を取れない。この自堕落を自負している俺がだ。こんなにも悲しい事はあるだろうか。


「は~~~~~…………」


 長い溜息に絶望の感情を滲ませつつ、立ち上がって隠し持っていた剣を手に取る。

 首都のど真ん中で真剣を所持するのは流石に危ない奴なので刃を潰した師匠お手製の道具だ。魔法使える連中が蔓延ってるのに今更何をと思うかもしれんが、魔法は個人によってなんかこう……感じ取り方が違うだとか何だとか。だから仮に犯罪が起きてもすぐに特定できる、らしい。


 俺にはわからない話だ。

 殺傷事件が起きて俺の所為にされる可能性は限りなく0に近いと思うが、念のため。


 この剣は山籠もり何年目くらいだっけか。

 大体三年目くらいで師匠に作って貰ったんだったか。

 素振り用として、俺が一番嫌いな努力という概念を体現するこの道具を他人に見られるのは少し嫌だった。


 持ち手に滲んだ俺の血と汗────度々洗っているというのに拭えないくらい染みこんだ俺の人生。

 そんな簡単に落とせてたまるかという僅かなプライドと、そんなものに価値はないと否定する俺の心。相変わらず矛盾した二つを抱え持つのは特別感があってちょっといいだろ? いいと言え。じゃなきゃ泣く。


 中庭への窓を開いた瞬間夏の熱気が部屋中に入り込んでくる。

 蒸し暑くて肌が張り付く不快感が全身を覆うが、眉を顰める事も無く平常心で外に踏み出す。


 あ゛~~、暑い。

 なんでこんなバカみたいな気温なのに外で鍛錬しなくちゃならんのか。

 全部ステルラに勝てばいいだけなのにその勝つって行動が非常に難しいのが原因である。許せねぇよやっぱ俺……


 脱水症状で死なないように常温の水を用意して、終わる頃にはぬるま湯になってるので残念な気持ちになる一杯を想像して嫌になる。


 確かに俺はアルに勝ち目が薄いという話をした。

 だがそれはそれとして、現実がそうだからと諦めるようなことはしない。

 そうじゃなきゃ俺の人生無駄になっちまうだろ。今この瞬間をどんだけ嫌いな努力に費やしても勝てるのかわかんないんだからそりゃああるだけ全部ぶち込んでやるさ。努力は積めば積むほど未来を豊かにするかもしれない・・・・んだから。


 記憶を反芻しながらイメージトレーニング。

 子供の頃から幾度となく繰り返した、俺の強さの根幹を司る要素。


 今日の相手は……そうだな。

 先日アイリスさんと戦った感じ近接戦闘は問題なさそうだ。

 確かにコロコロ戦術を変えられるとやり辛いが、それはそれとして一本突き通すしかない俺にはあまり関係のない話。ステルラがどれだけ天才だとしても、唯一勝利を拾えるこの距離を譲るつもりはない。


 これまでだって、これからだって。


 あ、待ってやっぱり訂正したい。

 結局近接戦で勝ててない相手はいる。

 想像上の相手ですら勝てないんだから現実で対面したらまあ勝てないだろ。


「────…………そろそろ、アンタに勝ちたいところだな」


 脳裏に浮かべるのは、かつての英雄。

 その片割れとも言うべき、歴史の裏に葬られてしまった悲しき運命を持つ男。


 師匠が模造体として魔力で再現した彼は決して本物じゃない。


 俺の記憶の中にいる彼────アステルは、もっともっと強い。


 ガキの頃を思い出すよ。

 毎日毎日師匠に生み出された作り物のアンタにボコボコにされて、やっと少し抵抗出来るようになったかと思えば二人がかりで斬りかかってくるようになった。これやっぱ虐待だよな。


 今ならアンタの偽物くらいなら一捻り出来る。

 だから、俺が掲げるべき目標は────二人の英雄を超え、その上でステルラを倒す事。


 不相応にも戴いた“英雄”を冠するのならばこの程度やってみせなくてはならない。


 目の前に揺らぎを伴い現れた幻覚。

 何度も何度も何度も繰り返しイメージをしまくった結果、相手の動きを想像しながら自身も剣を振り身体を動かすという誰が得するのだと疑問を抱きたくなるような能力を手に入れた。俺しか知らない記憶から勝手に読み取ってるのだから仕方ないが、それはもう奇特に見えるだろう。


 しかも何が問題あるってさ。

 俺の記憶はあくまでかつての英雄のものであり、俯瞰的に周囲を見渡したりすることはできない。一人称視点で始まるこの記憶は常に激烈で苛烈であり、俺のようなやる気なしには少々目に毒なのさ。


 剣を構えて備える。

 ステルラ・エールライトは紫電を操る魔法使い。

 奇しくもアステルは雷電を操る魔法使いで、それが座する者ヴァーテクスに届かない人間の限界とでも呼べるような強さであり──逆に言えば、この程度超えられなくちゃステルラには勝てないって事だ。


 上等だ。

 決戦までまだまだ時間はある。


 絶対に勝ち抜いてやるさ。


 そうして俺は大嫌いな努力を続ける事を誓い、翌日にはやりたくない嫌だと駄々を捏ねて地べたを這いずりながら中庭に身を引き摺り下ろしぶつぶつ文句を言いながら鍛錬を続ける不審者と化してしまうのだった。一日を終えて眠りにつく俺の元に現れる英雄二人は揃って呆れたような表情をしているような気がした。


 呆れるくらいだったら強さをくれ――――おれの切実な願いを聞き届けてくれることを祈るばかりだ。


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