第七十九話①
「…………お、おかえり、ロア」
「…………何してんだ」
一泊二日のハーレム旅行(誇張ではない)を終え、予想外の剣戟に巻き込まれたりアルベルトに飲酒させられたり帰り道でステルラに電撃を浴びせられたりルナさんに燃やされそうになったりして安寧の地へと帰ってきた俺を待っていたのは、人の布団に包まって睡眠を決め込む不法侵入者兼家主だった。
あまり見たこともないような動揺をしながら、ゆっくりと俺に視線を合わせる。
「確かにアンタは変な奴だが、一手踏み込むことはしないと思っていた。なぜなら最低限の面子と立場があって社会的な地位を崩される訳にはいかない人間だからだ」
「違う。ロア、落ち着いて聞いてほしい。深い事情があるんだ」
「そうか。どういう事情があれば百近く年齢が離れてる男の布団に潜り込んでぬくぬく惰眠を貪れるのか是非とも教示して頂きたいな」
荷物をパッパと元あった場所に戻しながら、未だに布団に包まったままの女に視線を向ける。
「いや~……ちょっと忙しくてね。ホラ私、家が田舎にあるだろう?」
「ああ。少し遠いな」
「うんうん。そうなんだ距離がかなり離れてるからわざわざ帰るのが手間でね首都で用事があったしというか寧ろ暫く首都を中心に行ったりきたりしないといけないから大変でねだから都合よくロアの家で寝泊まりしようと思っていたわけなんだ」
早口で捲し立ててくるが、この女は根本的な言い訳を間違えている。
距離が遠い、確かにな。馬車でも数日かかるし連絡したりするのも不便だし言いたいことはわかるぜ。
でもな。
「テレポートすれば良くないですか?」
「…………フッ……」
フッ……じゃねぇんだわ。
まあ人の布団を勝手に使っていたことはいい。そこはどうでも良い、だって師匠に買ってもらった奴だし。
「来るなら来ると言え。強盗かと思った」
「む……それは、すまない」
しょんぼりしながら目元くらいまで布団に隠れた。
「土産はない。道中何処かに寄った訳でもなく、単にアルベルトの所有する別荘に泊まっただけだからな」
「楽しかったかい?」
「……ええ。楽しかったですよ」
眼福とはああいうことを言うのだろう。
周りにいるのは俺に好意を持った女性、しかも皆目麗しい人達が水着で楽しそうに遊んでる。
前世の英雄が見る事の無かった……あー、いや。見る事はあったな。お偉いさんの策略でハニートラップは仕掛けられまくったけど、あの頃の彼はそんな事より救済だっていう救いの権化だったからしょうがない。
当たり障りない対応してたのを覚えている。
それに比べて俺は彼の作り上げた平和の中ですくすく健康に(?)育ったので、ああいう時間をちゃんと楽しめるようになっている。ありがとう英雄。
「……そうか。楽しかったなら、よかった」
そう呟くと師匠は布団から起き上がり、少しだけ荒れた髪の毛を魔力で強制的に解していく。
「師匠」
「なんだい?」
「櫛を貸せ。梳いてやる」
「…………わかった」
ギシ、とベッドが音を立てる。
俺が乗り上げた音だ。師匠はうなじ付近で髪を持ち上げるように待機しており、透き通るような白い肌が見えていた。今更この程度に動揺するような少年心を持っている訳では無いので、特に反応する事も無く髪の毛に触れる。
「忙しいのか」
「……少しね」
魔力で編んだ櫛を使って丁寧に流していく。
綺麗だ。
薬の影響で抜け落ちた、と記憶の中で語っていた。
俺には教えてくれてない話だ。大戦時代、英雄の仲間になってすぐの頃。
「懐かしい場所に行ったんだ。あまり心地いい場所ではない、それでも私にとっては……故郷みたいな場所だった」
吐き出すような言葉。
師匠にとっての故郷────要するにあの実験施設だ。
故郷と呼ぶには血生臭くて嫌な場所だろう。同じ境遇の仲間がいて、その仲間たちも実験に次ぐ実験で命を落とし続け、生き残った人間で構成されたグラン帝国の闇。
「知り合いも、友人も、家族もそこには残ってない。私達が居たという記録だけがあって、それすらも僅かな資料一枚分程度しかないんだ」
知っている。
ロア・メグナカルトが知る筈もない情報だから決して口には出せないけれど、俺は確かにそれを知ってるよ。
「寂しくなりましたか」
「……そう、だね。寂しくなったのかもしれない」
本当にそれだけか。
昔の俺──それこそ子供の頃の俺なら、そうだと納得したかもしれない。
なぜなら師匠の事をよく知らなかったから。年齢相応に無知蒙昧だった
だが、今の俺は違う。
あんたの事を良く知っている。
エイリアス・ガーベラという女性が思っているより打たれ弱くて心が弱くて今でも引き摺っている過去の傷があるって事を。
「寂しいだけか?」
「──……そういう事にしておいてくれ」
…………ふ〜〜〜ん。
本人がそうして欲しいって言うんならそれで良いけどさ。
長く生きてる分色々考えてるんだろ。
俺は英雄の記憶があるとは言え十年と半分しか生きてない若造であり、戦争の記憶はあるが自分自身で体験したわけではない。
そこは大きな違いがあると思っている。
「教えてはくれないんだな」
「聞いて楽しい話でもないからね。負債のようなものさ」
それでもずっと覚えてるんだろうに。
「これはあくまで俺の主観だが────忘れられないように誰かが覚えてくれるってのは、案外嬉しい事だと思うぞ」
無論前提として諦めているという状況が必要だが。
俺は魔力に愛されてないからいつまでも生きている事は不可能だと理解しているし、使おうとしている技的に長生きするのも難しいと悟っている。だからこそ既に長生きするのが確定している親しい人間には俺を刻み込もうと躍起になっているし、いつまでも覚えていて欲しいと直接口にすることもある。
師匠の仲間は既に死んだ。
百年以上前の戦争で、誰の記憶に残る事も無くあっさりと。
俺はその現場を見ていないからどのようにして死んだのかすらわからない。
なぜなら────師匠が自分の手で殺したと、記憶の中で言っていたから。
「それがどんな形であってもな」
英雄は語り継がれた。
本人は後世に名を残す事を良しとせずに歴史の裏に消えようとしたが、残された人間がそれを許さなかった。立役者が称賛されないなんて―バカげた話だが、世界には時として起きる問題だ。
形を変えて彼は完全無欠の英雄として現代に名を遺している。
彼がこの話を聞けばどう思うだろうか。
馬鹿げていると笑うのか、盛りすぎだと苦笑するのか、それとも困るのか。
「…………ロアは、たまに古臭い事を言う」
「今そんな言葉あったか?」
「ああ。古臭くて懐かしい言葉だった」
懐かしい言葉。
無意識のうちに誰かさんと同じような事を言ってしまったのかもしれない。
まあリスペクトしてるからな。嫌いだけど好きだし、俺は英雄に関して面倒くさい感情を抱えていると遺憾ながらも認めている。
「時たま思う事があるよ。君は本当に
「俺もそうだったらいいなと思う時があります。主に才能面で」
「ブレないね……」
才能さえあればな~~~!
こんな風に悩んだりしないかもしれないのに。
今の俺は一体どうしてこうなってしまったのだろうか。才能が無さ過ぎた? それはある。でもそれ以上に何かが俺に作用したんだ。とてもくだらなくてどうでもいい僅かなプライド────男の矜持ってモンがな。
「はい、綺麗になりました。素人のやったことなので気に入らなかったら直してください」
「いや、構わない。ありがとう」
そう言って師匠は立ち上がった。
「もう行くのか」
「うん。あんまり休んでいられないからね」
随分と忙しそうだ。
ルナさんもエミーリアさんがひっきりなしに動いてて全然家に居ないという話はしていたし、大人は大人でなんかやってるんだろうな。俺? 俺は子供であるという立場を活かして絶賛サボタージュ中です。
「飯くらいは作ってやるからちゃんと帰ってこい。夏休み中くらいはな」
「……ロアがそんなこと言い出すだなんて、明日は槍でも降るのか」
「次舐めた事言いやがったら晩飯は全部雑草にする」
「出さないとは言わないのがロアだねえ」
ぐ、ぐぎぎっ…………!!
歯軋りが止まらなくなった俺を見てケラケラ笑いながら、師匠は歩き始める。
「またそのうち来るから、食事は豪勢なのを頼むよ」
「金置いてけよ」
「…………ああうん、そうだよね」
非常に残念そうな顔でため息を吐いた。
しょうがないだろ金ないんだから。こちとら無職ヒモ志望のダメ人間だぜ。
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