第七十七話②


 時刻は十日ほど前まで遡る。

 ロアとステルラが故郷へと帰省している頃、村から離れてエイリアスは単身首都へと帰還していた。


 理由は、招集されたから。

 彼女を呼びつけることが出来る人物はそう多くなく、他にも来れる十二使徒全員に声をかけているというのだから一筋縄ではいかないことが起きつつあることを誰もが認知した。


 予定の時間よりも早い到着。

 しかし既に会議室が空いており、先客がいる事を示していた。

 入口から堂々と入室し、一人の女性が席に座っているのを確認。互いに面識のある人物であり、気楽に挨拶をしても問題が無い貴重な相手だった。


「や、ロカ」

「随分早いわね」

「君こそ早いじゃないか、ヴォルフガング君は?」

「あの子なら夏休み入って早々にどっかに出掛けたまま。今頃道場破りでもしてるんじゃないかしら」

「それはまた…………」


 誰に似たのかしら、なんて言いながらロカはため息を吐いた。


「若い頃の君に似たのさ」

「…………信じたくないわ」


 顔を手のひらで覆って俯いた。


「『戦いの中でしか生きられない!』──なんて豪語してたもんなぁ」

「あ゛ぁ゛──!! やめてやめて〜〜〜!!」


 ケラケラ笑いながら入室してきたエミーリアに対して降伏宣言をしながら、机に突っ伏して顔を完全に隠してしまった。


 若い頃の黒歴史は長い間その身を蝕む事となるが、長く生きる分積み重ねたことが大きい彼ら彼女らにとっては大きなダメージとなる。

 特に昔尖ってた連中。

 主に戦闘狂だった奴。


「……こうして見ると、見事に武闘派が残ってるな」

「アタシらは開拓するのに向かないからしょうがない。人体に対する影響とか、そういうのを考慮すればあのメンツが行くのが道理だよ」


 現存する魔祖十二使徒の内、およそ半分近くが開拓地──要するに新大陸の調査へと赴いている。


 第七席・恒星セーヴァー

 第八席・闇夜ノクスノーチェ

 第九席・腐食メルト

 第十席・廻天エリクサー

 第十一席・金剛フルメタル

 そして──唯一欠番となっている、空白の第十二席。


 それらを除いた約半数がこの場に招集されている。


「集められたのは半分か……」

「言いたいことはわかる。でも向こうも向こうで大事な局面になりつつあるみたいだから、邪魔は出来ない」

「あのメンバーで大事が起きるのか」

「土地の問題だよ。結局のところ文明を築くのはアタシら超越者じゃない、力を持たない人達だろ?」


 新大陸に駐留してるのは魔祖十二使徒だけではない。

 少数ではあるが一般人が向かっている。新たな知識、新たな文化、新たな世界。好奇心に身を突き動かされる冒険家のような人間もいれば、仕事上必要だから高額な報酬と引き換えに向かっている人間もいる。ある程度開拓が終わった此方側とは違い常に未知の危険に包まれた土地から、戦力を奪うのは憚られた。


「そんな訳でグランの坊ちゃんに手紙を持たせたからまあ……問題は無いと思う。流石にこっちが滅びはしないだろうし」

「君が足りると判断したなら従うさ。私は君ほど器用じゃ無いからね」

「おいおい、一緒に考えてくれてもいいだろ~?」


 ハハハ、と笑いながらエミーリアは肩を叩く。

 和気藹々とした空気が漂ったが本来の目的を忘れるほど耄碌してはいない。表情を真剣なものに変えて続け様にエイリアスが問いを投げかけた。


「……で、何があった」

「地底の奥底に一瞬魔力反応があったらしい。観測したのはマギアただ一人、他のどんな装置にも引っ掛からず──『あの時』の魔力に似てたそうだ」


 あの時────それが何を示すのか。

 普通であれば抽象的で具体性がなく疑問に抱くであろう伝え方に対して、二人はすぐに気が付いた。『あの時』というのが、一体何のことを指し示しているのかを。


「……………………まさか」

「そのまさか、かもしれないって程度だけどな。それでも警戒するに越したことは無いだろって事で呼び出したってワケ」


 かつて、一人の英雄が居た。

 戦争を終結させ大地を平定し統一国を作り上げその姿を消した偉大なる男。そして、誰も知らぬ間に危機に陥り──その存在を表舞台から限りなく不自然のないように薄められた、もう一人の英雄とも呼べる人物と共に命を落としてしまった悲劇の人。


 その人物が亡くなった時に、ほんの少しだけ感じた魔力。


「それ以来観測不能、マギアは仕事が溜まりすぎて動けない。だからアタシらに出番が回ってきたのさ」

「…………そう、か……。現れなければいいと願っていたが」

「……アステルの二の舞にはならないようにしなくちゃならないわね」


 ロカは机の下で、誰にも悟られないように拳を握り締めた。

 エイリアスは、アルスの死に間に合わなかった。崩れ落ち、命が失われていく彼を見届けることしか出来なかった。

 エミーリアは、彼の死を見届けることすら出来なかった。報告を受け急いで向かった時には既に事切れており、取り乱すエイリアスが縋り続ける彼の遺体を呆然と眺めた。


「…………そうだな」


 脳裏に浮かび上がる記憶。

 国を建てたその日から、彼女からプライベートは消え失せた。

 超越者であることを活用し不眠不休で国に全てを捧げた。寝る必要がない身体だから、がもうこれ以上苦しい思いをしなくていいように。ひっそりと、表舞台から消えたいという彼の唯一の我儘に応えるために。


 結果としてそれは果たされた。

 余生を安寧に包まれた中天寿を全うするのではなく、人知れず秘境にも近い場所で暮らしていた彼が命を落とし──国を混乱させない為に、死すらも隠匿することによって。


「これは完全な推測だけど──爺さんの置き土産だろうな」

「同意する。未知の座する者ヴァーテクスの仕業という線も無くはないが……」

「流石にわかるし、彼を殺す理由が無い。現状一番可能性が高いのはそうでしょうね」


「────ちょっと、予定まで一時間くらいあるのになんで集まってるのよ」


 半ば確信を抱きながら話し合う三人の元へ現れた人物。

 黒髪で勝ち気な瞳に綺麗な雪華を象ったピアスを付けた女性と、雫のようなピアスを付けた黒髪の男性。揃いの衣服を着用し、どこか似た空気を漂わせている二人の男女──ここに召集されたメンバーの残りが、これで揃った。 


「あらあら、誰かと思えば子供が還暦を迎えた若夫婦じゃない」

「百以上年が離れた男に手を出した女に言われたくないのだけど?」


 ロカは額に青筋を立てた。

 対する黒髪の女性────ローラ・エンハンブレは強気な視線を保ったまま、やがて溜息を吐いて首を横に振った。


「……やめるわよ。虚しくなってくるから」

「……そうね。ごめんなさい」


 ロカとローラは仲が悪い。

 百年前の因縁──かつてロカはグラン帝国・・・・・の魔法使いとして戦争に参加し、ローラはリベルタ共和国に暮らす一端の魔法使いとして活動していた。侵攻を最初に開始したのはグラン帝国であるがゆえ、ローラは攻め込まれる自らの街を守る為に手を汚す事となり。


 原因は国そのものであるとはいえ、戦場で何度も殺し合った関係を修復するのは容易なことではない。


「……ていうか、私からすればアンタらが仲良くやってるのが本当に異常なんだけど」

「マギアも丸くなったしそろそろ許してやれよ~。アタシも謝るからさ、な?」

「アンタなにもやってないし寧ろ仲間だったでしょーが! そんな相手に謝られてもどうしようもないわ」


 まったく、とため息を吐きながらローラは席に座った。


「……ま、だからといって邪魔したりしない。出来る事があるなら協力するつもりよ」

「そういってくれると助かるよ。ニコは……聞かなくても大丈夫か」

「アレ? 僕の扱い雑じゃない?」

「信頼されてんのよ」


 本当かなぁ……とつぶやいて、男性──ニコ・エンハンブレは着席した。


「ところで──戦力は足りてるの? マギア抜きでも」

「それをこれから調査するんだ。幸い夏休みだから教職はやらなくて済むし、アタシら宛の連絡は一括して集められるように処理もしてる」

「根回し早…………」


 ここぞとばかりに働きまくるエミーリアに対して、ローラは僅かにたじろいだ。


「そして──これが過去の調査記録も含めて精査した結果だ」


 各々の手元に現れる資料。

 特に動揺することもなくそれぞれ手に取って目を通し始める。

 久しぶりに集うとは言え、これまで一度も協力して来なかったわけではない。建国後、表舞台に決して姿を現さなかったエイリアスとは違いローラとニコは積極的に活動していた。


 だからこそ、彼ら彼女らに取っては見覚えのある資料だった。


 かつての戦争の後遺症が刻まれた、忌むべき区域。


「三つに分かれて調査する。アタシとエイリアスで旧グラン帝国領、ローラとニコは旧ミセリコ王国領だ」

「私はどうすればいい?」

「ロカはもう一人協力してくれる奴がいるから、その子と一緒に行動してもらう。旧リベルタ共和国領だな」

「オッケー、理解したわ」


 振り分けに疑問視する声は上がらず、四人は素直に受け入れた。

 それだけエミーリアを信頼しているという事でもあるし、実際に危険度を考えるのならばこれが妥当だと判断した。グラン帝国は戦争以前からインフラの整備が進んでおり、他の国に比べてそのまま・・・・運用されている施設が多い。住宅の建て直しや古くなった建造物を作り替えることはあっても、基礎的な部分は魔法によって強化されているから安全性の確保だけ行って放置されている部分が多かった。


 だからこそ、危険だと判断した場所はそのまま監視を続けることで放置していたのだ。

 触れて藪蛇がでた、程度ならばまだいい。

 鬼が出るか邪が出るか、でもまだマシ。


 本当に最悪のパターンを想定して、対応できるように国が落ち着くまでは触れないようにしていた。かつての戦争を生き抜いた魔祖十二使徒をもってしても、それくらい警戒を続けなければならない相手。それこそが旧グラン帝国という存在だった。


 そして、それら全てを加味した上で対応できるであろうと判断されるのが十二使徒でも最上位の二人。


 エイリアスとエミーリアのコンビだった。


「そしてもう一人は────マギアの代わりになれる奴さ」

「……アイツの代わりになれる奴なんて、居ないでしょ」


 少々苦い顔でローラは呟く。

 単騎で大群を押し留めそのまま押し返し、戦況を引っくり返す。戦場の一部から崩していくではなく、戦場の全てを薙ぎ払う。当時複数人いた座する者でもそこまでの火力を出せるのはエミーリアしかおらず、彼女がアルスと合流してからはそれはもう酷かったものだ、とかつてを知る人物は語る。

 そしてやりすぎてアルスに怒られるまでがセットだった。


「今のところはな。でも将来的にワンチャンあるんじゃないかとアタシは思ってる」

「将来的? ……………………もしかして」

「マギアには言うなよ。アタシの独断だ・・・・・・・


 その言葉を聞き、ローラはもちろん、この場にいる全員が悟った。

 そしてそれと同時に何を意味するかを理解し、各々が別々の感情を抱いた。


「……まあ確かに、ロカと一緒なら問題ないわね」

なら問題ないだろうね」


 ローラとニコが納得し、口を出さなかった二人も頷いて同意を示した。


「次代を担う、正真正銘本物のマギアの後継者・・・──テリオス・マグナスに協力してもらう。ロカには彼に経験を積ませてやって欲しいんだ」

「はいはい、了解したわ。出来るだけ危険がないように探らせるわね」

「助かるよ」


 手筈は整った。

 子供たちが安寧に暮らす為に、今を生きる子供の手を借りることについて思うことがないわけではない。本来ならば十二使徒だけで解決しておきたい話をどうしてわざわざテリオスという下の世代に関わらせるのか。

 その理由を、皆が理解していた。


「……そろそろアタシらは、裏に消えていかなくちゃいけない。いつまでも上の世代がいると時代が動かないってことが、この百年間でわかったからな」

「こっちはいつでも引退できるように備えてるってのに、他の連中が全然後継者探さないんだもの」


 魔祖十二使徒の中で弟子を取っていたのはわずか数人。

 数世代に渡って魔法技術を継がせたエンハンブレ夫妻だけが、最も早く準備を終わらせていたとも言えた。


「ローラが早く二人きりになりたいって言うから……」

「は?」

「ごめんなさい、冗談です」


 ニコの頬に拳がめり込んだ。


「ま、いいんじゃない? 少なくともここまで発展させたんだから誰も文句言う奴はいないわよ」

「…………だと、いいけどな」


 苦労を知るが故に、誰もエミーリアを貶さない。

 たとえ仲が悪かったとしても、その領分だけは犯さないと決めている暗黙の了解だった。長い付き合いがあるからこそ出来る気遣いでもある。


「それじゃ、私らもう行くわ。とっとと調査して終わらせてやるわ」

「私も行こうかしら。テリオスくんは今どこにいるの?」

「マギアと一緒に書類捌いてるよ」

「…………そ、そう……」


 やや引きながらロカは退出した。

 それに続いてローラとニコも出ていき、その場に残ったのはエミーリアとエイリアスのみ。


「……本当に、よかったのか?」

「何が?」

「私と君だけで、さ。全員で取り掛かっても文句は言われないだろう」

「いいんだ。あそこに踏み込むのは限られた人数の方がいい」

「…………そうだが……」


 不安そうな表情をするエイリアスに対して、エミーリアは明るく笑った。


「大丈夫だろ。アタシら二人なら」

「彼を殺した奴に負けるつもりはないよ。それでも万が一がある」

「そこはまあ、連絡を通してどうにかしてだな……」

「全く…………」


 嘆息しつつ、わずかに笑みを浮かべながら話を続ける。


「────あんなところを無関係な人間に見せるのは私だって嫌だ。ありがとう、エミーリア」

「こっちこそすまん。一番嫌な所なのに」

「気にするな。長生きしてるんだ」


 ──少しは慣れるものさ。


 内心呟いて、資料を手に取る。

 ある意味で確信すら抱いているだろう場所。

 彼女にとって最も因縁深く忌み嫌うべき施設────グラン帝国の魔導実験場。


 此処にて彼女は誕生した。

 忘れたくても忘れられない、最悪の記憶だった。


「踏み込むのは後日。とにかくしらみ潰しにしていって、重要な地点をマークしていこう」

「賛成だ。私たちの手で終わらせよう」


 子供たちが明るく過ごす未来の為に。

 死した英雄達への負い目でもあるが、それ以上に彼女らには今がある。

 今を生きる大切な子供達が、これ以上負債を背負わなくていいように────大人達の暗躍と闘争が、静かに始まった。

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