第九章 弔鐘懺悔の音が響く
第七十七話①
「────……む……」
夜が更け月光のみが照らす深夜。
暗闇の中、何かの違和感に気がついたのかエイリアスはその場で振り返った。
当然見えるのは歩いてきた道、具体的に言うなら人の手が一切入っていない獣道。背丈ほどの高さまで乱雑に成長した植物と生い茂る木が視界を遮り、彼女が見たいと願う景色に届くことはありえなかった。
「どうした?」
「いや…………なんでもない」
そんな彼女の様子に何か思いついたのか、エミーリアは肩を竦めておどける様に笑った。
「ロアくんに何かあったのか」
「光芒一閃を起動してる。でも危機的状況という訳では無さそうだ」
「あ〜……今は旅行中だっけ、ルーナが言ってたよ」
「友人同士で親睦を深めている最中さ」
親睦を深めるには少々荒い手段だが、とエイリアスは呟いた。
「剣を合わせることでわかりあう────よくわからん部分まで似てきてるじゃんか」
「そんな所まで似ていかなくていいのにな……」
互いに顔を見合わせて、苦笑した。
「実際、ロアくんはどうなんだ。血の繋がりは?」
「完全にシロ。正真正銘突然変異としか言いようがないね」
「……ま、そうだよな」
期待して聞いた訳では無かった。
戦争中、そして戦争終結後。
エミーリアは空いた時間を利用してアルスの血族を探して回ったが、見つかることは無かった。もしかすると──なんて、淡い期待が心の奥底に潜んでいたことは否めない。
「私達大人の後悔はどうだっていいのさ。大切なのは今とこれからを生きていく子供達、だろ?」
「……そうだよなぁ」
そう言ってから、二人は正面を向いた。
戦争から百年以上経過する現在だが、いまだに人の手が入っていない未知の領域は存在している。
人の手をかけず、自然そのままの姿を残している場所。
人の手を入れることができず、秘境などと言われる幻の場所。
そしてまた──かつての大戦において絶望的な程汚染され、立入禁止区域として刻まれた場所。
現在二人がいるのは三つのうち最も危険な、立入禁止区域であった。
「旧グラン帝国の魔導兵器実験場────調査はしてる筈だが」
「記録も残ってるし、一回目はアタシも同行した。魔力が濃すぎたから深くまで入り込めなかったんだよ」
手元に突如資料が出現するが、二人とも驚くことはない。
自身の体すら魔力へと変化して瞬間移動を可能にする二人にとって、遠方から詳細な情報を取り寄せることなど何も難しいことではないからだ。
「地下施設も二階まで調査済み、建物自体はそこまでしか深さがない──と、記録ではそうなってる訳だな」
「そういうこと。あのまま行ったらヤバそうな雰囲気があったから止めた」
エミーリアは歴戦の魔法使いである。
経験だけで言うのならば、魔祖十二使徒と呼ばれるメンバーの中でも一番と言っていい。戦争の最初期から流れの傭兵として活動していた彼女にとって、最も信用できるのは培い磨き上げた勘だった。
「今はどうだ?」
「さあな。相も変わらずヤバそうな空気は漂ってるけど──アタシがそう感じちゃうだけかもしれない」
「…………同感だよ」
どれだけ力を付けても、身を捩るような悍ましい経験というのは消えることがない。
二人は長く生きた。
人の倍近い年齢を生きている彼女らが抱える痛みは、常人には想像出来ないほどに重く苦しいものもある。それを必死に抑え込んで悟らせないようにしているのは果たして意地なのか、それとも…………
「今日の目的は下見だ。地下二階まで軽く確認してから入り口を探そう」
「了解。さっさと済ませて次に行こう」
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