第七十二話②
「仲良く折半しましょう。因みにこの中身はお師匠と英雄が出逢った時の話が書いてあります」
書物には逆らえなかったよ…………
俺の大目標は未だにステルラを死なさない為に強くなることだが、それとは別に成し遂げると心に決めていることがある。
英雄の全てを公表する。
残ってる問題も解決して、因縁も全部ケリつけて、そうして纏め直す。
断片的に誰かの手が入った情報ばかりでは物悲しいだろ?
創作は創作のまま残っていても構わんが、それはそれとして真実を知って貰いたいのさ。
俺は彼が正当に評価されないのは腑に落ちない。
ルナさんは一度息を吐いてから、変わらない無表情のまま話を続ける。
「相変わらずロアくんは“英雄”の事が好きですね」
「尊敬はしてます。なりたいとは思いません」
「でもロアくんの生き方は彼の人物に劣っていないと思います」
それ褒めてんの?
苦しみ抜いたという点に於いては確かに共通点があるだろうが、生憎彼と俺では天と地ほどの差があると言っていい。
「謙遜も過ぎれば嫌味になる。ロアくん、そろそろ素直に認めてもいいんですよ?」
「まあ俺がカッコいいのは事実ですからね」
「否定はしませんが……」
ルナさんは優しい人だ。
大方俺が自己否定を繰り返してる事を案じてるんだろう。
安心して欲しい。
俺は決して
自堕落で面倒臭がりで異性に金銭も集るし飯も要求するし世間的にみれば良くないであろう行動は一通り行える度胸は持ち合わせているぜ。
「俺は自分の功績なんかどうでもいいんですよ。誰かの手を借りなければ成し遂げられないのに自分の成果だと胸を張るのは少々心苦しく感じるし、そもそも名を挙げたい訳じゃないので」
そこら辺はきっちりしていきたい。
本質を見失わなければそれでいい。
俺がここまで苦しみ続けているのは大切なものを失くしたくないから。
「ね、ロアくん」
「なんですか」
「前に言っていた、『渦巻く因果は全て英雄の名の下にある』という言葉の意味。教えてくれませんか?」
「それは無理ですね」
チッ、忘れてなかったか。
ルナさんが想像しているよりも重たい感情を俺に向けて来たから勢いで言ってしまった俺の黒歴史。
匂わせとかそういうキャラじゃないだろ。
バレたらヤバいのは理解してるから出来るだけ否定しまくってるんだが、うっかり漏らしてしまったのはひたすら誤魔化すほかない。
「ステルラさんやルーチェさんは気が付いてないと思います。アイリスさんも当然気が付いていませんし、私だけがこの立場に居るからこそ疑問に抱く事が出来ました」
「皆目見当もつきませんが……」
「ロアくん。幼少期から学園に入るまでの期間、ずっと山にいたんですよね」
あれ?
これマズイ流れじゃないか。
かなり本格的に追い詰められ始めてる気がする。
「エイリアスさん以外の十二使徒に会ったことは無かったと聞きました。でも君は、
「特徴は聞いていましたから。赤い髪で師匠の知り合いと言えばそれくらいしか俺に思い当たる節は無かったので」
「本当にそうですか?」
「ええ」
白を切る時の面の皮には自信がある。
普段からこうやってポーカーフェイスを維持しているからこういう時に役に立つ。
「エイリアスさん曰く、『剣技に関しては天賦の才』だそうですよ」
「あの人が身内贔屓なだけですね」
「私はそうは思いません。ロアくんの剣技は“英雄”にそっくりってお師匠も言っていましたから」
「世間は狭いですねぇ」
「一人で抱え込むのは辛くないんですか?」
別に抱え込んでる訳じゃないんだけどな……
単に誰にも言いたくないし面倒な事になるから言ってないだけで。
言った方が明確に得するんなら言う。でもそれは今じゃないし訪れるかはわからない未来の話だ。
「辛い事はありません。俺だけが知っている事があるってのも優越感があって中々楽しいモンだ」
「…………そう、ですか」
どうやらうまい事流せたっぽいな。
好奇心で聞いている訳じゃないのはわかってる。
多分、俺のことを考えた末に踏み込もうと決断してくれたんだろう。
それくらいはわかるさ。
ルナさんは優しい人だからな。
「心配しなくても何処かに行ったりしませんよ。人知れず消えるような男に見えますか?」
「はい。ロアくんは優しいけど残酷な人なので」
俺程の紳士を捕まえて酷い言いようだ。
「女の子が逝かないでって言ってるのに一人で逝ってしまうような男の子はダメですよ」
「俺にどうしろと……」
「たまには振り回されてください」
いつも振り回されてるんだが……
俺から女性を振り回すような事をした覚えはない。
強いて言うならばルーチェヘラヘラ時期にマッチポンプ染みた接近をしたくらいだ。
アイツはぐいぐい押したら押した分だけ受け入れる女だからな。
「ロアくんってそういう所ありますよね」
「そこら辺は他人にどうにかしてもらうつもりです」
「生粋のヒモ気質はどうにもできません」
呆れるような声でルナさんが言った。
俺は幼い頃から少しも変わってないと自負している。
やる気なし展望なし想望あり羨望あり才能ナシ、これくらいのスタンスを保って生きて行かないと俺の精神が安定しないのさ。
「……いつか」
すっかり冷めたお茶に口をつけ、喉を潤してからルナさんが口を開く。
「いつか、私に話してください。誰よりも先に」
いつも通りの無表情だが、眼光は鋭い。
それだけ望んでいるんだろう。俺の秘密を共有する事を────……いや、違うな。
正確には、『俺の破滅するかもしれない可能性』を失くそうとしてる。
これも
別に身バレすることの恐怖はない。単に面倒臭くなるだろうから隠してるだけだ。
「私はロアくんの事が好きです。
私はロアくんと一緒に居たいです。
私はロアくんが死ぬことは耐えられません。
私が一番じゃなくてもいいです。何番でもいいです。愛されなくても構いません。でも、ロアくんには…………」
お、重てぇ~~~~~っ!!
一回落ち着いてもらうために、手を翳してストップして貰う。
ふーむ…………
まあ、そう簡単には振り切れないか。
トラウマは払拭できないからトラウマなんだ。そう易々と誰もが乗り越えられるような薄さはしていない。
きっとルナさんは自覚してる。
喪失感が胸を締め付けるあの感覚を忘れられてない。他人に比べて重たく、現実味のある悲しみが胸の内をぐにゃぐにゃ巡っているあの感覚を。
俺もわかるんだ。
彼の記憶を見ていく内に、重たくて強い感情だけが伝わってくる。暗くて、腹の底に溜まっていくような不快感と不愉快な感情だ。劣等感に塗れた俺じゃなかったら耐えられないだろうな。
「成った事、後悔してますか?」
「…………いいえ。お師匠を悲しませなくて済みますから」
「俺はルナさん
そもそも遺物の正体が不明なんだよ。
最後の一撃も届いてないだろうし、本体を見れてない。溢れ出てくるのはあの虹色の石で間違いないと思うんだが…………
「知ってますよね。俺はステルラの為にこうやって苦しんでると」
「……………………ええ」
「
かな~りやんわりと言ってしまった感じはあるが、ルナさんを信じる他ない。
顎に手を当てて何かを思案するルナさんを尻目に、俺は冷めきった珈琲を喉に流し込む。
最初から冷えた飲料ならともかく、温くなった珈琲はどうにも好きじゃない。
たっぷり三分程静寂に包まれた後に、ルナさんは俺の目をしっかりと見つめてきた。
「……わかりました」
「ただまあ、その代わりと言っては何ですが。俺が困ってる時は助けてくれると嬉しいです」
俺は基本的に無力。
周りの人が凄いからどうにかなっていて、どうにかしてもらってるだけ。
「俺とルナさん
「────……はい。二人だけの秘密、という事で」
デートと言うには些か物騒な話題だが、少しは気を持ち直してくれたのならそれでいい。
未来の事は未来の俺がどうにかするさ。
今はただ、二人きりで過ごすこの時間を楽しんでいこう。
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