第七十二話①

 夏休みに突入してから大体一週間。

 帰省の一週間をそれなりに満喫し満足したので、今度は誰にも邪魔される事のない一人暮らしを満喫する事になった。


 目が覚めるのは正午を過ぎてから、だらだら布団で本を読んで腹が減ったら身支度を始めて夕方辺りに外に出る。幸い夏休み期間中という事で師匠からそれなりの金額を支給して貰ったので豪遊可能だ。


 飲食店に一人で行って、食べ物を頼んで腹を満たす。

 後は気の赴くままに夜を嗜むのさ。


「これ美味しいですよロアくん。はい、あ~ん」

「あ~~」


 口の中に放り込まれたデザートをもぐもぐ咀嚼して、甘さと酸味が程よく合わさった旬の果物を贅沢に使った一品を味わう。


「美味い」

「良かった。結構気に入ってるんです」


 表情は変わらんが、ルナさん的には良かったらしい。


 は~~…………

 なぜ一人を満喫している筈の俺が首都デートに連れ出されてしまったか。

 別に特別何かが起きた訳でもないのだが、朝起きた時点でルナさんが部屋にいた。


『おはようございます、ロアくん。今日もいい寝顔を堪能させていただきました』

『そうですか。満足したなら早めに出て行ってもらえると嬉しいんですけど』

『こんな美少女にそんな事を言うだなんて……罪深い男ですね』

『美少女、ね……(背丈を見つつ)』


 子供の女の子だね。

 そういうニュアンスを込めて視線を送った。


 額に青筋を立てたルナさんに消し炭にされる寸前だったが、心優しい美少女がデート一回で許してくれると言ってくれたのでそれに肖ったのだ。

 つまるところ俺の所為。

 自業自得。


 でも責任を他人に投げる事は止めないよ。

 そうすることで自分の心を平穏に保つことが出来る。

 自分が悪いと自責の念を抱くのは徳を積めるかもしれないが、かわりに荒んだ日常を送る事になる。


 それならば俺は他人に全てを擦り付ける畜生に落ちよう。

 あと面倒くさいから他人に全部助けて欲しい。

 あ~~、めんどくせぇな。


「ふふふ、恋人同士にしか見えなくないですか? 私たち」

「恋人同士ではありませんけどね」

「む~~、そういう時は合わせて下さいよ。ホラホラ」

「はいはい甘えん坊でちゅね〜」

「灼きますよ」


 ヒェッ…………


 人を灼くことに恐れを抱いていた筈の少女はいつしかトラウマを払拭し嫉妬と刑罰の炎を降らせるようになってしまった。


 怖いね。


 ずずず、と音を立てながら珈琲を啜る。

 普段から飲むには少し苦すぎるが、甘いものと一緒に摂取すると世に存在している飲料の中でもトップクラスに君臨する。


 俺は別に味にうるさくはない(うるさかったら数年間の生活で餓死している)が、どちらかと言えば甘めの味付けが好みだ。多分これを知ってるのは現状ルーチェと師匠だけ、ステルラは手料理が残念なので知らない。

 アイリスさんも家事うまそうなイメージを勝手に抱いているのだが、どうだろうか。


「別の女の子の事考えてますね?」

「ええ」

「ええ、じゃあないんですよ」


 ムキーッ、とルナさんは威嚇してきた。

 だが残念だな、俺にその手は通じない。

 なぜならルナさんにはそれなりに常識があるからだ。


 ルーチェのように場所を問わずに手足を出して破壊しようとする悪魔のような倫理観ならば警戒するに越したことは無いが、幸いルナさんはそんな事をするような人ではない。

 どちらかと言えば止める方……ではないかもしれないが、好んで攻撃をしようとはしないだろう。


「どれ、ちょっと貸してください」

「? 構いませんけど」


 ルナさんから食器毎奪って、テーブルマナーに従った作法で切り分ける。


 俗にいうケーキという奴だな。

 流石にその方向性には明るくないから原料がなんだとかは知らんが、とにかくふんわりしていて甘いクリームと合わせて食べると美味い。果物が一緒に入ってても美味い。


「はい、あーん」

「────……あ~ん」


 素直に受け入れてもぐもぐと咀嚼している。

 そのままルナさんが口を付けたフォークを使って、俺も続けてケーキを頂く。


 甘いクリームと絶妙に乾いた生地が混ざって美味い。

 果物の酸味が僅かに感じられるのもいいポイントだな。


「俺一人だと入らない店、食べない料理。新しい楽しみを知れたのはルナさんのおかげです」

「…………なら、良かったです」


 ふん、余計な心配はしなくていい。

 俺は自分から出掛けたとしても新たな環境を手に入れようとはしない。

 今いる環境が好きなんだ。自分から手を広げて失敗した時に責任を取れるのは俺しかいなくて、そのリスクを背負うのは少々面倒くさい。


 だから、誰かと出掛けるのは結構好きだ。

 結果的に言葉で文句を吐いていたとしても、どうせその内感謝する事もある。

 気負う必要はない。


「特に喫茶店はイイ。本を読んでいても怒られないし、いつまでも居座っていても怒られない。一日で数冊消費できる」

「そういう換算なんですね。勿論私も持ってきました」

「いいですね、何の本ですか?」

「お師匠がくれた昔の本です」


 は? 


 表紙は古びており、沢山の年月を重ねているのが一目でわかった。

 ていうか……それ…………あのさ……


「ふふん、どうですか。たぶん現品限りでしか存在してない百年前の本です」

「ルナさん、俺と資産共有しませんか? 俺から出せるカードは師匠が隠し持ってる英雄の書物です」


 バチバチと視線が交差する。


 ──私が八割独占します。

 ──せめて俺に五割くれ。

 ──だめです、譲りません。

 ──ならこっちだって譲らん。


 …………ふう、とお互いに溜息を吐いて矛を収める。


 俺達は与えられた餌で一喜一憂する他ないのだが、魔祖十二使徒は長く生きている特権を十二分に活用してくる。


 ずるくね? 

 俺も死ぬ間際に英雄カミングアウトして死んでやるからな、一生俺の事を忘れられないようにしてやるからな。覚悟しとけよ超越者共。

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