第七十三話①

「や、元気してるかい? ヒモ男」

「ついさっきまではすこぶる快調だったが、たった今不調になった。お前の顔を見たからだな」

「ウ~ン、元気そうで何より。はいこれお土産」


 なぜか部屋までやって来たアルベルトの土産を受け取る。

 えー……なんか見覚えのない袋だ。毒でも入ってんのか? 俺は毒味はやらんぞ。


「失礼だなぁ、こことは違う大陸の土産だよ」

「……そういえばお前一応グラン家だったな」

「僕ほど気品に溢れる人間になんて失礼なことを……」

「心にもないことを言うな」


 別大陸、か。

 戦争が終わってから数十年後に見つけたらしいんだが、人の手はまだ入ってるようには見えないとか未開の地だとか言われてる。


「マリアさんも呼び出しくらってたみたいでね。一緒に旅行気分を味わおうって言ったら断られちゃった」

「呼び出し…………ああ、そうか」


 魔祖十二使徒の約半分程がそちらの大陸を調査している、なんて話は耳に挟んだことはあったが本当だったのか。


「流石にあの距離をテレポートで移動するのは不可能、魔祖十二使徒と言えども帰ってくるには一週間程必要。僕は移動に合わせて四日使ってるから、実質三日間しか滞在してないのさ」

「そういうものか」


 テレポートも万能じゃないんだな。

 多分その別大陸ってのも、想像したこともない位遠く離れた場所にあるんだろう。


「で、この土産はなんだ」


 嫌な予感がするんだが……

 縦に振りまわせばガサガサパラパラ乾いた音が聞こえてくる。……砂? 


 アルはふふんと得意げに鼻を鳴らしてから、悪びれもせずに言い放った。


「持ち込み禁止の新植物の種子だね」

「文字通り厄介事の種を持ち込むな」




 ◇




 パチパチと火花が弾ける音が周囲に響く。

 夏真っ盛りでジメジメムワムワと不愉快な熱気が経っているのにもかかわらず焚火で追い打ちしなくちゃならない手間を増やされたのは普通に謝罪して欲しい。


「ああ、隠して持ち込むの苦労したのに……」

「アウトラインを一瞬で越えてんだよ。助かりましたルナさん」


 クソバカを縛り上げて他にモノは無いか詰問したところ、流石にやりすぎるとマズいと判断していたのかこれだけだと言ったので信用することにした。


 まず持ち込むなよ。

 ドッキリにしたって限度があるだろ。


 燃やすためだけに魔祖十二使徒を継ぐ人を呼びつけるのはどうかと思ったが、これが原因で異常が起きてもしょうがない。

 念には念を入れてってヤツだな。


 俺が呼んだ時は(家まで行った。エミーリアさんにも挨拶した)僅かに楽しそうな空気感が漂っていたのに今はまるで違う。虚ろな瞳で火を見つめ続ける姿は流石の俺でも恐怖を感じざるを得なかった。


「私は都合のいい女です……」

「すみませんって、埋め合わせは今度してあげますから」

「やりました、何でも言ってみるもんですね」


 ボソッと呟いた言葉に反応したら元気そうに返事をしてきた。

 コイツ……俺の事を嵌めやがったな、許せねぇよ。


「ロアくんに学びました」

「これはロアの所為だよね」

「ふざけんな。人の所為にするとかお前ら常識がないのか?」

「胸に手を当てて自分に問いてみると良いよ」


 試しに胸に手を当ててみたが変わらぬ平常心と心拍数、異常は何処にもない。

 一体何のことを言ってるかわからんな。


「は~~、今日も俺の心は晴れやかな空模様だ。何一つとして後ろめたいことは無い」

「なんでこんなのに惚れたんですか?」

「自分でもわからなくなる時があります」


 うるさい奴らだ。

 取り敢えずアルベルトを縛り上げている縄を外して、部屋に戻る。

 いつまでも暑い空間に居たくない。


 部屋の中は冷房(魔力で動くが、俺は魔力が殆ど無いので予備魔力を借り受けている)が効いている。金さえ払えばそういうサービスを受けられるのが都会のいい所だ。その金は師匠の懐から出ているが。


「文明の利器最高。山には二度と戻りたくない」

「まあ魔法が使えれば自分で調節可能なんですけどね」

「水差すような事言わないでください。水かけますよ」

「水くらい弾けるから構いませんよ」


 クソが…………

 何言っても勝ち目がない。

 ルナさんは先日のデート以来顔を合わせるのだが、相変わらず波長が合う人だ。


 より具体的に言うのならノリが気安くて楽。


「とか言って本当にやらないからね、ツンデレだ」

「ロアくんは優しいですからね。人が悲しむ行動はあまりしたがりません」

「寄ってたかって俺を虐めて楽しいか?」


 ニコニコ明るく「うん!」と即答したアルは後でシバくとして、ルナさんはいつも通りの無表情でコクコクと頷いた。


「チッ…………で、何しに来たんだ。まさか本当に土産を渡すためだけに来たのか?」

「まさか。誘いに来たのさ」


 誘い? 


 俺を犯罪に巻き込むなよ。

 師匠の名を傷つけるような事はあまりしたくない。俺がヒモだと世間にバレるのはどうでもいいが、明確な犯罪行為は流石にアウトだ。


「君は僕をなんだと思ってるんだ?」

「女性と殴り合いをして興奮する変態」

「やれやれ、何も否定できないね。正論は時として暴力になるんだぜ」


 喧しい奴だ。


「ま、今回の誘いは君にとっても得がある筈さ。そうじゃなきゃ話すら持ってこないし」

「聞くだけ聞いてやる。用件を言え」


 一応さっき出した茶をズズズと啜った後、アルベルトは楽し気な表情で言った。


「────夏と言えば?」

「暑い」

「うんうん、それもそうだ。でもそれだけじゃあないだろ」


 問いかけか。

 夏と言えば、に続く言葉を当てろという事。

 常識的に考えれば海だろうな。真夏の海水浴は風物詩になってるとは話に聞いたことがあるけど、あんなもん金持ちの道楽だから気にしたことすらなかった。


 忘れがちだが俺は田舎出身山育ちの野生児である。


「夏と言えば海ですね」

「正解です、ルーナさん」


 俺も正解に辿り着いてたから実質正解だったな。


「という訳で、心優しい僕は海に行ったことが無いだろう貧しい君を海に遊びに行かないかと誘いに来たのさ。勿論皆一緒にね」

「少々不愉快な物言いだがお前にしては珍しい心がけだ。何を企んでいる?」

「一夏の思い出ってのを僕も作っておきたいのさ。学生の特権だろ?」


 ふーん。

 アルベルトは変態でカスで外道な部分がナチュラルに混在しているだけで、世間一般的(?)な常識は持ち合わせている奴だ。


 心の奥底でまた変な事を考えてる可能性は高いが、友人と遊びに行きたいという欲望は間違いないと見た。


「で、本音は?」

「君が女性陣に囲まれてボコボコにされてる所がみたい」

「お前本当にイイ性格してるよ」

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