第六十八話①

 妹と親睦を深め、身内判定を無事に頂いた翌日。

 二人揃ってリビングでぐうたら寝転んで本を読んでいると、家に喧しいのが飛んできた。


「────ロアー! ロアはいますかー!」


 俺の平穏はここまでらしい。

 母上は買い物に、父上は仕事をサボって買い物に同行しているために阻む障壁はない。


「何用だ。俺は常々言っているが、割と忙しいんだ。今日は特にやることもないがゆっくりと過ごそうと心に決めていたので帰れ」

「お久しぶりです、ステルラさん」

「あ、久しぶりスズリちゃん……じゃなくて!」


 リビングに普通に侵入してきたステルラが俺たちの姿を見て目を見開いた。


「なんで……一日で仲良くなってるの……!?」

「そこかよ」


 なんでって言われても俺達兄妹だからな。

 互いに悪意も警戒心も持ち合わせていないのだから順当に仲良くなるだろう。


「これが転校生と出会って一日で恋仲に発展するようならば驚愕に値するだろうが……俺達は兄妹だ。仲良くするのは当然だろ」


 動くのが面倒くさいのかブラブラ空中で揺らぐスズリ。


 俺は魔法を扱えないが代わりにフィジカルを鍛えた。

 昔は逞しい筋肉とか男らしい体格に憧れたものだが、それを維持する労力や努力を考えると反吐が出た。今だって努力を続けるのは不愉快極まりない。でも一度手に入れた物を手放すような愚かさは持ち合わせていないが故に必死に頑張っている訳だ。


 くそが。


「一人っ子のステルラにはわからんか笑」

「ぐ、ぐぎぎ……!」


 そんな歯を食いしばる程悔しいのか……

 一人っ子には一人っ子の特権がある。どちらかと言えば羨ましがられるのは一人っ子の方じゃないのだろうか。


「ステルラさんにお兄ちゃんは渡しませんよ」

「え゛ッ!?」


 おっ。

 ステルラの扱い方は完璧だな。


 俺はコイツが朗らかな顔で笑っているのが好きだが、不憫な思いをしてショックを受けている顔も好きだ。

 子供が好きな子を虐めるのと同じように俺にも嗜虐心というものが存在している。


 あ? 


 子供の恋愛だと? 


 うるせーな。

 こちとら前世(恐らく)すらロクに愛を叫んだこともねぇんだ、こんくらいが普通だろ。


「ね、お兄ちゃん」

「そうだな。のんびりと縁側で寝れるような将来を約束してくれない限りは」

「…………今と変わんなくない?」


 チッ、冷静になったな。

 今日の挨拶はこの程度にしておくか。


「で、何用だ。下らん事だったらキレるぞ」

「素に戻るんだ……いや、その、ね?」


 後ろで手を組んで、少し恥ずかしそうに頬を染めながらステルラは此方を見てきた。

 これがルーチェだったらあざといと煽る所だが、恋は盲目という言葉もある通り俺はステルラに惚れているのでこんな風にいじらしい姿を見せてくるのも中々に効く。


「お兄ちゃん、鼻の下伸びてるよ」

「そういう事もある。長く生きていればな」

「言っちゃおうかな」

「何が欲しい? 俺が与えられるものならなんでもやるぞ」


 これ以上妹に余計な事を言わせたらまずい。

 この十年間で培った俺のありとあらゆる勘が警笛を鳴らしていた。脳内で激しく響き渡る衝撃は止まる事を知らず、妹に対する危険度を急上昇させるのは当然の成り行きであった。


「えー、うーん…………面白い本ちょうだい?」

「よーしよし、任せておけ。俺(の師匠)は金持ちだからな。その程度造作もないぜ」

「わーい、お兄ちゃんだいすき~」


 めっちゃ棒読みで愛を告げられた。

 笑顔もないし感情も籠っていないが、現在何かを恥じらった状態のステルラにはそうは見えなかったらしい。


 明らかに動揺を隠せないままもごもご口を動かしたステルラはやがて覚悟が決まったのか、キッと瞳を強く輝かせて口を開いた。


「ロア!」

「なんだ」

「わ、私とデートしてください!!」


 …………ほう。


 俺から誘ったことはあったが、ステルラに誘われるのは初めてだな。

 師匠に言われたのかエールライト父に言われたのか、誰かしらに唆された可能性は高いが────嬉しいな。


 だが、ここで喜びを表情に出すわけにはいかない。


 クールに、それでいて大胆に。


「駄目です。お兄ちゃんはあげません」

「妹よ。なぜお前に決定権があるんだ」


 ぶいぶい言わすぜ、なんて言いながらスズリはファイティングポーズを取った。


 やめとけ。

 お前じゃ勝てねぇ。

 俺に任せておきな。ジャイアントキリングはお手の物、相手が格上しかいないってのが本当の話だ。


 未だに俺の手によって空中に無防備にいるスズリを降ろして、まるで告白でもするかのような姿勢でお辞儀をしながら右手を伸ばしているステルラに近付く。


「いいだろう。言い出しっぺの法則って知ってるか?」

「え? う、うん」


 折角地元に戻って来た訳だが、実は俺には問題が一つあった。

 夏休みに入って間もなく働く暇もなく師匠に連れられてきたので、(働くつもりは毛頭ないが)学生が働ける簡易的な仕事を見つける事が出来なかった。実家の手伝いは家族の労力として扱われるために金銭が発生せず、俺にとっては得がない損しかしない最悪の働きである。


 何処かへ行くには心許ない懐を一回弄って、俺の経済的立場を理解した後に口を開いた。


「お前の奢りだ。俺は金が無い」

「…………最悪だ」

「さいあく……」

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