第六十八話②


 なぜか実妹にすら蔑みの瞳を送られた所で、ステルラに言われるがまま連れられて外に出て来た。


 俺は面倒くさがりだし甲斐性もない。 

 甲斐性を与える側であると自覚しているが故に財布は持ち歩かず、俺に好意を持つ女性に全てを託している。


 これは俺の価値を明確に理解して、他人からの感情の向き方を正確に把握しているからに他ない。


「む~~…………」

「なんだステルラ。此間は俺が金を出したよな」

「そうだけど……そうじゃないじゃん!」


 ぷんすか怒りを露わにする。

 等価交換ってヤツだ。何かを得るためには何かを支払わなければならない。俺はステルラとのデートを手に入れる為に金と時間を使用したから、今度はステルラが金と時間を使う番。


 別に俺は何処にも行かなくてもいいけどな。

 世界にはお家デートとかいう最強の文化も存在するらしいので、今度はそれについて詳しく調べてみようと思う。


「んもう、なんで戦ってる時はあんなに格好いいのに……」

「まるで普段は格好良くないみたいな言い方だな。ん? どうなんだ」

「情けないが勝つかなぁ……」


 クソボケが……


 誰が情けねぇだと。

 俺ほど男としての尊厳を重視し必死に足掻いている奴は居ないと言うのにこの言い草である。


 乙女心をわかってよ、なんて女性が文句を言うシチュエーションを偶に見るが、俺から言わせてもらえば男心ってモンをわかってほしいね。


「で、だ。普段の俺が情けなく見えてしまうという幻については目を瞑ろう」

「あ、うん。そういう所なんだけど」

「喧しい奴だな。お前の部屋に蟲放り込むぞ」

「やめてよ! 人が嫌がることしないでよねっ」


 お前が言うの? 


 俺は打ち震えてしまった。

 これほどまでに無自覚な悪意を抱えた人間がいるのかと、心の奥底から震え上がった。


 恐怖。

 これは恐怖だ。

 ステルラはどうやら俺にどれだけの痛みを植え付けて滲ませ刻みつけたのかを忘れてしまったようだ。


「あ…………ご、ごめんなさい」


 何かに気が付いたのちに顔を青褪めさせ、ステルラは謝罪した。

 良かった、これで完全にスルーだったらいくら聖人のような心を持つ俺としても怒りを忘れることが出来なかったかもしれない。いや、これは最早怒りとか生易しい感情ではない。


 千年の恋も冷める、なんて言葉が頭の中を過った。


「う……ご、ごめんね。私さ、結局頑張って他の人の嫌がることはしないようにって気を付けてるんだけど、よくわかんなくてさ。それでもちゃんと考えよう、変わろうって思ってるのに、こうやってロアにも嫌われるような、事をさ……」

「こらこら泣くな泣くな」


 ぐすぐす言い始めて涙目になったんだが? 

 も〜〜〜〜さ〜〜〜〜子供じゃないんだからさぁ! 

 泣くのは構わんが人の目がないところで泣いてくれ、そして俺が見ている場所で泣いてくれ。お前が影で泣くことには全く納得してないし、人間は過ちを繰り返しながら学んでいく生物なので反省して変わろうとしてるのだから俺からすればステルラは無罪。


「別に嫌いになったりしないって何度言えばわかる。俺がお前を嫌いになることはない」


 ちょっと引くだけで別に嫌わない。

 そりゃあステルラも人間だからな。いかなる完璧超人(に見せかけた人間)にも弱点が存在していると明確に理解しているが故に俺の許容範囲はとてつもなく広くなっている。


 そうじゃなきゃ幾ら好きな奴の為とはいえあんな努力しないぞ。


「ふー……ステルラ。お前は自分の精神性が幼く未熟だと思っているな」


 涙を拭って落ち着いたのか、ややしょぼくれた表情でコクコク頷いた。


「俺も自分が大人だと思うことはない。誰にも気負わせないために強がる事はあるが、本当は弱くて脆くて幼稚な部分が大半を占めている」


 頷いた。


 オイ、頷いてんじゃねぇ。

 何納得してんだよ。そこはもっと否定しろよ。

 これから生暖かい目で見られることになるだろうが! ただでさえ最近見抜かれてる感が否めなくてマウントも取りづらくなってるのに、このままではステルラにすら負けてしまう。


「チッ……」

「なんで舌打ちしたの!?」

「俺の未熟さを噛み締めている。反省しろ反省しろ反省しろ反省した。二度と同じ失敗はしない」


 えぇ……じゃないが。

 俺はお前と違ってあらゆる才能が欠如している(やる気がないとも言う)ので、これくらい強制的に植え付けなければ反映するのに時間がかかるのだ。


「何が言いたいかと言うと、人は大体そんなもんだ。大人に見える人間でも何処か子供らしさを残している。師匠を見ればわかるだろ」

「あぁ〜……うん」


 納得するのか……

 まああの人対外的には取り繕ってるけど結構スカポンタンだからな。

 そこら辺弟子という近い関係にある俺たちにとっては貫通して中身が見えてしまうワケだ。


「確かにお前は無遠慮で配慮に欠け他人のプライドを足で踏みつけ擦り潰しながらコンプレックスの地雷原を走り抜けるようなデリカシーの無さが目立つが、それも他人と関わることで少しずつ改善されてるならいい事だろう」

「ごめんなさい」


 ステルラは顔を逸らした。

 ケッ、雑魚が。舌戦で俺に勝てるワケねェだろうが! 


 まだまだ甘いな。

 俺の身の回りの奴は口で負けたら手を出す野蛮な蛮族しかいないが、ステルラはよっぽど俺が適当なことを言った場合にしか反撃をしてこない。


 師匠のように手当たり次第電撃を撒き散らす妖怪とは訳が違う。


 そのまま真っ直ぐ成長して欲しいものだ。


 主に俺を養ってくれる正統派な女性として。


「よし、ここまではいいな。話を戻すぞ」


 いつの間にか脱線した話を元に戻す。

 俺が聞きたかったのはステルラがヘラるようなことでもなく貶めるようなことでもなく、純粋な疑問に対しての回答を求めていた。


「デート、お前はそう言ったな」

「うん!」


 よし、元気がいいな。


「この田舎にデートするような場所があるのか?」


 子供の頃しか暮らしていなかったとはいえ、両親がどこかへ出かけてるような記憶はない。

 日帰りで帰れるような観光地は近辺にないのは知ってるし、ちょっと遠出しようにも山に囲まれているために気軽に出ていくのもあまり得策ではない。一週間程度の滞在を計画して首都や他の地に赴くならともかく、この村に年若い男女が出かけて楽しい施設は存在しないはずだ。


 ステルラはゆっくりと瞳を閉じて、自信あり気に腕を組んだ。


「────ありません!」

「そうか。じゃあ俺は家に帰るから」

「ちょっと待って! せめて話を聞いてください!」


 計画性ゼロである。

 俺ですらステルラと出かける時は事前にリサーチしたというのに、コイツはそういうところもダメらしい。


「なんだ。手短に頼むぞ、スズリが待ってるからな」

「ぐ、グギギ……!! 今なら誰からの妨害も入らないと思って、村の中を散歩してゆっくり二人きりになりたかったんですぅ!」


 女が出していい声じゃないが素直でよろしい。

 スズリの存在を忘れていたみたいだが、お前は知ってただろ。伏兵になり得る性格なのもわかってただろうに……あ、無理か。コイツコミュ障だもんな笑。


 多分スズリとまともに友好を築いてる感じでもない。

 さっきも俺には敬語が外れていたが、ステルラには敬語だった。身内判定を貰ったというのもあるが、あのくらいの年齢ならば敬語じゃなくタメ口なのがデフォルトだろう。


 故にステルラは仲良しな近所のお姉さんではなく、普通に近所にいる女性判定だ。


「そうか。そういう意図があるなら別にいいぞ」

「えっ……いいの?」

「俺もお前と並んで歩くのは嫌いじゃない」


 スズリ云々は置いといて。


 別にステルラに誘われたらよっぽど嫌じゃない限り付き合うつもりだ。

 その意図を説明するのは癪なので絶対に伝えないが、ステルラなら伝わらんだろうと判断した。


 言葉通りの意味で解釈してくれると助かるぜ。


 ほっと胸を撫で下ろし、安堵した表情でステルラは俺の横に並んできた。


「ロアがいない間にちょっと変わった所もあるんだよ?」

「お前がどういう風に過ごしてきたのかも知りたい所だ。一人寂しく泣いた公園とかあるんじゃないのか?」

「無いからね、そんなの。……泣くときは部屋で泣いたもん」


 悲しい奴だ…………


 多分エールライト父にはバレてるんだろうな。

 だから俺に対してああいう風に励ますようなコメントを寄越してきた。

 自分の娘が実は空気の読めないデリカシーが欠如した女の子で周りから敬遠されていてそれを本人も気にしてるとか親からすれば結構辛いだろ。どうすることも出来ないのは両方わかっているが故に、ステルラから頼ってくるのを待っていた。


 でもステルラは頼れなかった。

 両親のことは好いているが故に、自分のことで心配をかけさせたくなかった。


 全てを見透かしたわけではないが大方そういう流れだろ。


 先程まで暗い顔をしていたが、今は晴れた表情をしている。


「俺の立場がいうのもおかしな話だが。エスコート頼むぜ、お姫様」

「任せといてよ、私の王子さま? ……な、なーんちゃって、あははは」

「今度ルーチェに言っとくわ」

「絶対ダメだから。言ったら許さないからね」











 暇だ。


 折角仲良くなれそうなお兄ちゃんだったのに、彼女(まだ彼女ではない)に連れて行かれてしまった。趣味や性格も似たようなもので、確かにあのお兄ちゃんがいたのなら私に対しての放任主義も理解できなくも無い。


 もっと一緒にいてくれないかな。


「ぶ〜〜…………」


 一人で本を読むのはつまらない。

 学び舎も別に楽しい授業じゃないし、体を動かすのも面倒くさい。

 私には才能が無い・・・・・から、人並み以上の努力をしないと人並みになれない。それがどうしようもなく面倒で、覚える気も無い文字を頭の中に叩き込むのも億劫だ。


 興味が無いことに時間を費やすのが難しい。


「は〜…………」


 ゴロゴロベッドで転がって、やることもないから寝ようと思ったのに眠気が来なくて、むくりと起き上がる。


 釈然としないけど外に出よう。

 

 机の中に隠していた、拾った虹色の珍しい石・・・・・・・をポケットにしまって、静かで暇を潰せる場所を探しに。


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