第六十七話③

「なんで頑張ったの?」


 先程と同じく覇気のない瞳で見つめてくる妹。


 純粋な興味か、何かしらの感情があるのか。

 流石に付き合いが短すぎるから読み取ることは出来ない。


 どう答えれば正解か────そうやって探るのもよくなさそうだな。


「それしかなかったからだな」


 シンプルな答え。

 俺にはそうするしかなかった。


 ステルラが将来的に死に瀕するような予想をしたのも、自分が努力しなければいけない理由も、どうにかしたいという感情も全部含めて考えた結果がそれだった。


 他人に期待するのは楽だが気持ち良くはない。

 期待を無責任に投げかけて他人を潰すだけの生命体にはなりたくなかった。かつての戦争を終結させた英雄、彼に全てを押し付けた過去の人間のように。


 俺には記憶がある。

 全て背負って立ち向かった側──要するに、押し付けられた側の記憶がある。


「そうするしかなかったんだ」


 だからやった。

 それ以外に方法があるなら教えて欲しかった。

 魔法は使えず、強くもなくて、でも未来に惨劇が起きる可能性を俺だけが予知している。


 記憶があるなんてことを誰かに言ったところでどうにもならず、十二使徒という超越者たちはかつての英雄他人へ複雑な感情を持っているのに、「英雄の記憶持ってるよ。他人だけど」なんて変なガキが現れても困るだけだろ。


「ま、それ以外にマウント取れるからやったんだけどな」

「うわ…………」

「勉学はステルラにボコボコにされたが礼儀作法は完璧だ。いきなり貴族のパーティーに呼ばれたって褒められる自信があるぜ」


 外面は整えるだけ得をするからな。


「スズリも覚えておくといい。

 勉強は楽しくないが役に立つ。

 運動は苦しくなるが役に立つ。

 努力はゴミクソだが役に立つ。

 以上をロア・メグナカルト三箇条と名付けよう」

「すごく嫌なアドバイス……」


 大人も所詮は子供だ。

 子供が大人に成長しただけで別に大人じゃない。


 変な言い回しになってしまったが、要するに人生経験を積んでいろんな考え方や生き方をする人に出会った奴こそが最も成長するのだ。

 ロクな人生経験も出会いも他者との触れ合いもなく生きてきた人間がどういう大人になるのか、想像は容易い。


 その点で言えば俺に成長する要素が一切無いのも道理である。


 最初から知識や見識の面で言えば伸び代ないので。

 英雄の記憶忌々しい記憶が全てを証明してくるせいで俺の人生はすっかり変わってしまった。変わったおかげで後悔しなかっただろう事柄は多くあるが、変わらなければ抱かずに済んだ苦しみも沢山ある。


 俺はそれを投げ出すこともできたが、投げ出さなかった。

 投げ出そうというつもりにもならなかった。本気で捨て去りたいと思ったことはあったが、なくなっては困ると認識していたんだ。


 ロア・メグナカルトに才能はない。

 幼馴染好きな人を守る力は備わっていなかった。


 だから選んだ。

 助けてもらった。


 俺の話をそれなりに真面目に聞きつつ、力の籠ってないやる気のなさが丸わかりなモーションでスズリはベッドに倒れ込んだ。


 スズリはまだ子供だ。

 社会の仕組みも、大人の強さも知らない。


 まだ、知る必要もない。


「今は夏休みだ。長期休暇とは学生が青春を駆け抜けるためにあるのであって、即ち俺たちは楽しまなければ学生の本分を全うしていないということになる」

「一理ある」

「遊びに行くのが面倒くさいなら、好きなことをすればいい。俺は人を導けるほど優れちゃいないが、困っている人間を放っておくほど薄情でもないからな」


 そう言いながら本を元の場所に戻す。 


「…………そうなんだ」


 敬語が抜けたな。

 唐突に現れた男としては及第点を貰えたのだろうか。

 年も離れた初めて顔を合わせる兄妹なんて前例がないからありのままで対応したが、スズリにとって俺が不愉快な対象ではなかったのは喜ぶべきことだ。


 あの両親に育てられてるんだしそうなるだろうとは思っていたが……人には個人差がある。


「お兄ちゃんも勉強嫌いなんだ」

「勉強は手段だ。大変心苦しいことではあるが、手段を用いることで達成できる目的もある」


 他人にマウントを取る時とか。


「運動も勉強も何もかも、手段にすぎないと思っておけばいい。スズリにやりたいことはあるか?」

「ないよ。なーんにもない」


 ボケッと天井を見つめる妹。

 いまだ年若いのに既にそんなにやる気がないのは少々心配になるが、案外そんなものだ。


「やることが無いから本を読んでる。これが一番疲れないんだ」

「そうか。なら俺も肖るとしよう」


 スズリの隣に邪魔にならないように寝転ぶ。


 疲れないのはいいことだ。

 世の中には適度な運動をしなければいけないという常識があるが、そんなもの知ったことではない。


 面倒くさいことは面倒くさい。

 やりたく無いことはやりたくない。

 どうでもいいことに時間をかけたくない──その感情を振り払えない人達だって多くいる。


 その堕落と怠惰の果てにかつての戦争に繋がったのだから忌むべきものだが、少なくとも俺はそう思ってる。


「たまにはこんな日も悪くない。どうしても何もやりたくない時はな、何もしなくていいのさ」

「いいね。お兄ちゃんのこと、結構好きになったよ」

「嬉しいこと言うじゃないか」



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