第六十五話②


「…………くそが」


 第一声で呪詛を吐き散らしながら、窓から差し込む光を遮るように目を瞑る。

 あ〜〜〜〜〜も〜〜〜〜〜いっつもこうなんだよな! 英雄の記憶を見るといつもこうなるんだ。いい所で場面が終わって只々俺が生活しづらくなる情報だけが与えられる。


 もしかして俺のこと嫌いなのか、かつての英雄。


 身体を解すために少しだけ伸びをして、深呼吸を一度する。

 心拍数に問題はなし、思考もクリア。体調に問題は一切無いが、精神的な負担が寝てる間に増えるとかいう人体の歪さを発見してしまった。やれやれ、また一つ俺が上の位階に上がってしまったな。


 ていうかいい匂いするんだけど。

 美味しそうな匂いがするので、誰か俺の家に侵入してるのは確実。家主を放置して飯を作る人間に心当たりがありすぎるので迂闊に通報もできない状況です。


 扉を開いて寝室から出ると、ナチュラルに食卓に座ってる二人の女がいた。


「あ、おはようロア。ご飯あるよ」

「おはようステルラ。それより先に言うことがあるんじゃないか?」

「…………きょ、今日もかっこいいね?」

「当然だな」


 いや違うが。

 人の家に普通に侵入してることをおかしいと思えよ。

 モグモグ口を動かしてる銀髪赤目の女はにっこり笑っている。ぶっ飛ばすぞ。


「まあいいだろう。俺は寛大で心優しい聖人ゆえ、少し機嫌が悪くなった程度で怒り狂うような愚か者ではない」

「ロアは優しいよね」

「……なんだお前」

「褒めたら怒られた!?」


 脈絡なく褒められる方が怖いだろ。

 唐突に俺が「ステルラかわいいねチュッチュ」とか言い出したらめっちゃキモいのと同じで、冗句に対して真摯に褒め殺しという手段を用いられるとやるせなくなる。


 そんな俺の内心を悟っているのか、銀髪赤目のバカ女は口の中のものを飲み込んでから話を始めた。


「照れてるだけさ。あまり気にするものじゃないよ」

「わかった気になるなよ不法侵入者」

「これは前も言ったが、この部屋を借りてるのは私だ。君の住居登録はされていても実際の借主は私、要するに私もこの部屋に住んでなんの問題もないわけだ」

「歳の差がね……」


 あぶねーな。

 負けそうになったからとりあえず年齢を突きつけることで引き分けに持ち込んだ。師匠は顔と身体がマジで満点なんだが、年齢いじりをすると一瞬で沸騰するくらいコンプレックス抱いてる。別に深く傷ついてるわけじゃ無いと思うから俺もやめないし、師匠もやめろとは言ってこない。


 ぷすぷす焦げたがそこまで苦しくないので放置、ステルラの皿に乗ってる野菜を摘む。


「あっ、行儀悪い」

「気にするな、テーブルマナーなんか俺の家には存在しない」


 ドレッシングもかけてないただの野菜だが素材の味が口全体に広がって青臭い。

 そこら辺の野草に比べれば遥かに健康的で人間の体に適した味なので気にはならないがな。常識的に考えて人が管理して作ったものより天然で採ったものが安全なわけがない。


 病原菌が潜んでる可能性があるし、生の虫とか絶対食っちゃいけない筆頭だ。


 俺? 

 俺は食ったよ。

 それしか食うものなかったからな。


 そしてマナーなんて存在しないと言いつつも、立ったままで食べるのは普通に食べづらいので椅子に座ったのだが…………


「ちょっと待て。なんで椅子が増えてるんだ」

「なんでって……そりゃあ使うからさ」


 ???? 


 なんで俺の家は一人暮らしなのに四人分以上の椅子があるんだよ。

 おかしいだろ普通に考えて。 


「どうせ君の家は溜まり場になってるし問題ないんじゃないか?」

「ざけんなバカが、俺のプライバシーを返せ」

「ハッハッハ、そんなもの森に埋めてきただろうに」


 ……すぞ…。


 山よりも高く海よりも以下略な心を持つ俺としても怒るべきラインは存在している。

 こうやって表現することも数えるのが億劫なくらいだが、もうめっちゃライン越えしてるんだよなこの女。そろそろ俺の怒りというものを見せるべきなのかもしれない。


「じゃあ俺もステルラからプライバシーを奪う。それで対等だ」

「私!?」


 何『私は何もやってないのに、酷い……』みたいな顔してるんだ。

 家主の了承を得ずに家に侵入している時点で同罪に決まってんだろ。あとお前からプライバシーを奪えば俺が好き勝手出来るから代償としては丁度いい部分もある。


「あんな事やそんな事をしてやる。覚悟しておけよ」

「あ、あんな事……」


 喉を鳴らして頬を少しだけ赤く染めているが、具体的には金を出してもらったり食事を作って貰ったり身の回りの世話をしてもらう事で一切性的な要素は含んでいない。

 確かに最近ボディランゲージ(接触型コミュニケーション)が多くなっているとはいえそこまで困っている訳じゃあない。ていうかそもそも、ステルラが女性として滅茶苦茶魅力的かと言われれば別にそこまでというのが世間の評価だろう。


 可愛いし身長もそこまで高くはない。

 笑顔が魅力的というのがミソなのだが、実はステルラは普段から笑いまくるタイプじゃない。


 昔はよく笑っていたんだがなぁ……

 成長すれば変わっていくのは当然だが、俺はこいつが笑ってる姿が好きだから出来る限り笑っていて欲しい。でも不憫な時のステルラも割と好きなんだよな。


 以上、生涯外に出す事の無い俺の感情。


「どうせ食事とかお金とかだろうに」

「よくわかってますね。流石は師匠だ」


 再起動に時間が掛かるステルラを放置して、用意されてた取り皿におかずを盛る。

 食文化に関しては明るくないのだが、三人で食事を摂る時はなんとなく故郷の飯に寄せている。大層なもんじゃないけどな。


 別に誰かが言い出した訳でもない。

 なんとなく、それぞれがそういう風に寄せているだけだ。

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