第六十五話③

 皿に盛ったおかずを口に放り込んで咀嚼する。


 懐かしい味だ。

 俺にとっては十年近く離れていた味ではあるが、実は師匠も何回か山籠もりの時に作ってくれてるからそこまでノスタルジーを感じている訳ではない。


 十年。


 親に会わなくなってそれくらいの時が経つ。


 今、どうしてるんだろうか。

 師匠から元気にしているという報告は聞いているが、顔も見ていないのだ。俺に親の立場はわからないが故に想像するしかなく、子供が成長していく過程を見る事が出来なかったのはどう思ってるんだろう。


 師匠はそこら辺の話を俺に一切しない。

 俺は家族との話し合いの場には同席しなかった。俺が援護しても意味はなく、師匠がいかにして両親を納得させるかどうかの話であるからだ。


 そこそこ小賢しいとは言っても俺は所詮子供。

 立場も何もない俺があの手この手を使うより、立場もあり合理的で倫理的な言葉を扱える師匠に任せるべきだと判断したのだ。だって俺はやりたいって言ってるのに反対するんだもん。毎日ヘトヘトになって帰ってきてるのにそれ以上に苦しむかもしれないなんて言うからだよ、全く。


 少しくらいは嘘ついてもいいのにな。


「どうしたんだい?」

「俺の親はどうしてるのか気になっただけです」

「…………会いたいか」

「そりゃまあ。出来る事なら元気な内に顔は見ておかないとな」


 いくら俺に前世の記憶らしき何かが混在すると言っても、俺は俺。

 ロア・メグナカルトという一個人であると認識しているし、産み育ててくれたのは紛れもなくメグナカルト家の人間である。途中から師匠が親代わりとして育ててくれたがそれはイレギュラー、


 記憶の代償かは知らんが高熱を出した時に献身的に救おうとしてくれた事を忘れるわけにはいかない。


「勘違いするなよ。俺は今の・・人生後悔だらけではあるが決して呪うつもりはない」


 俺が必要だと考えたから師匠に願ったのだ。

 誰かの手を借りないと強くなれない事を理解し、非常に不服ながら、本っ当~~~~に嫌だけど師事をしてもらいたいと思った。努力はクソだが役に立つゆえ、才能がない俺に残された道はそれしかなかったんだ。


「だからいちいちそんな顔をするな。俺は貴女に感謝してるさ」

「……すまない」


 俺は子供だが、だからと言って大人に対して過剰な希望を見たりはしない。

 そりゃあ魔祖とか魔祖十二使徒は長生きだし、その分色々経験してるだろう。そこら辺のめっちゃ経験豊富そうな老人以上に年齢を重ねてるのだから頼れるのは間違いないのだが──完璧じゃない。


 人は何処か完璧じゃない部分がある。

 外面を完璧に見せようとしたところで上手く行かないのさ。


「────で、何時頃帰省する」

「そうだねぇ……私は後半忙しいから、先に行っておきたい気持ちはある」


 フーン、後半忙しいのか。


「俺は師匠に合わせるぞ。何にも用事がないからな」

「それはそれで悲しい話なんだが……」


 暇万歳、暇最高。

 暇と自由という単語には夢が詰まってるんだよ。


「ステルラは?」

「私はいつでも…………お母さんもお父さんも去年まで一緒だったし」


 確かに。


 もしかしてどうしても帰省しておきたいのって俺だけか? 


「じゃあ明日から一週間くらい滞在って形で構わないかい?」

「それでいいっすよ」

「私も!」


 もしゃもしゃと野菜を口に放り込みつつ、予定も決まったから先程の記憶について考える。


 あれは師匠の若かりし姿で間違いない。

 魔祖にボコられるというか、英雄一行(便宜上の呼び名)に出会うまでは人体実験によって作り上げられた殺戮人形キリングマシーンだった筈だ。


 そこから解放されたのも英雄が全部を叩き潰したからで、その点を踏まえて師匠は『私の英雄』と言っていたのだろうか。

 単に好きだから言ってる説も否めないけどな。師匠が英雄に惚れていたのは記憶の中からも推測可能であり、尚且つエミーリアさんとかロカさんとかの揶揄い方を見るに確実なモノだろう。


 今でも好きなのかは知らん。


 俺を見る目から察するに、愛情は持ち合わせていても色恋のような感情は無いんじゃないだろうか。


 少なくとも俺に対しては、だが。

 好きな男が死んで数十年引き摺って隠居生活してるんだからそりゃもうドロドロのドロに決まってる。なぜ俺の事を『英雄』として育て上げたのかは、本人のみが知るところだ。


 俺個人としては意を汲んでくれたのだと解釈している。

 才能が無くて、それでもどうにかこうにかして惚れた女に追いつきたいから強くなりたいと願う子供。英雄の軌跡を描いていたから導いてくれたのか、俺自身を見てくれたのか。出来る事なら後者であることを願いたい。


「なあ師匠」

「なにかな」

「こないだ言ってた“英雄”の文献、見たいんだが」


 ダメもとではあるが、とりあえず話を振ってみた。

 実際彼が記した本であるなら喉から手が出るくらいに見たいし、そうじゃなくても十二使徒が抱えている秘密の文書は気になってしょうがない。


 少しだけ目を細め、マグカップを口元に寄せてつける寸前で止まる。


「…………そうだな」


 やはり師匠にとっても大事なモノなのだろう。

 俺が欲しいと言う機会はそれなりに多いのだが、ここまで深く思案する事は無かった。


「ロアがステルラに勝ったら、見せてあげるよ」


 はい出ました~~~! 


 すーぐそうやって○○やったらって条件付けるんだからさぁ! 


「ふふっ。いいじゃないか、勝てば見れるんだから」

「ステルラに勝つってのが難しいんだが……」

「負けちゃうのかい?」

「バカが、負ける訳ねぇだろ」


 なっ、ステルラ。

 肩に手を回して同意を求めたが、どうやらお気に召さなかったのか紫電での返答が来た。


 少しピリピリするな。


「負けないもん!」

「負けてくれなかったら俺はステルラの前で死ぬ」

「え゛っ」


 勿論嘘だし全力を出してくれないとキレるのだが。

 全力じゃないステルラに勝って何がある。そんなもの勝ちじゃない。卑怯な手段で勝ったところで一体誰が俺を褒めたたえると言うのだろうか。


 俺は納得しない。

 正面からぶつかり合って勝利して、やっと証明できるのだ。


 俺を信じてくれた人に。

 俺に期待してくれた人に。

 俺を、育てて導いてくれた人達に。


 親不孝者が出来る唯一の親孝行がソレだ。


「嘘に決まってんだろ」

「えっ、あっ…………もー!」


 こんなに可愛い反応をしてくれるのにどうしてあんなに強いのだろうか。 

 その華奢な身にどれだけの才が込められているのか。


「俺は全力のお前じゃないと嫌だ。わかってるだろ」

「も、もも勿論わかってたから!」


 絶対わかってなかったな……

 師匠と共に懐疑的な視線を送ってしまった。


「まあ、こういう所がステルラらしい」

「そうだねぇ。君も気に入ってるだろ?」

「勿論」

「ロアの意地悪……」


 最近こういう日常の割合が増えて来たな。

 殴られたりするより全然こっちの方が好みだ。自堕落でありたいという俺の想いが成就する日は果たして訪れるのだろうか。


 頬を膨らませながらもりもり飯を食らっている幼馴染。

 呑気だが、その呑気な状態こそがステルラの最も魅力に見える時だ。


「…………何?」

「いいや。お前はなんだかんだ言ってステルラのままだ」

「……………………そう、なんだ?」


 ああ、そうなのさ。


 マグカップを手に取って、一口。


 夏休みの後半は師匠が居ない。

 ならば前半でひたすら遊び尽くすしかない。思い出は作らなければ存在しないが、作りすぎて消える者じゃないのだから。


 暇出来ると思うなよ。


 静かに、それでいてゆっくりとだが。

 確かに俺達三人の日常を過ごす休日も、まあ、悪くはない。

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