第八章 大いなる休息
第六十五話①
『…………あの、すみません』
またこのパターンか。
自分の意思では全く動く気配がないくせに自動操縦になった我が身に嘆息しながら、かつての英雄の記憶を追想することに意識を集中する。
窓から見える景色は闇に包まれており、夜遅い時間だと示していた。
それなりに立派な部屋だから……終戦後か?
基本的に野宿が大半だったから少なくとも序盤では無い。
『なんだい?』
『その…………本を、返しに来ました』
一人称視点で勝手に動くからなんだか気持ち悪いんだよな。
戦闘時じゃないだけまだマシだが、乱戦の追想とか最悪すぎて何も言えない。目が覚めたら寝ゲロしてる事が大半だから出来るだけ避けたいのに、絶対役に立つ情報があるから見逃すわけにいかないのだ。
やれやれ、勘弁してほしいぜ。
『失礼します』
何かを執筆していたのか、机の上にペンを置いて振り向いた。
扉を開いて入って来たのは銀色の髪をかわいらしくポニーテールで纏めた少女。左目に眼帯をしているが特徴的な赤目が良く目立っていて────おい待て。
『何もこんな時間に来なくても良かったのに……』
『うっ…………続きが気になってしまって』
『そんな面白いモノじゃないけどなぁ』
うげ、ダイレクトに嫌~~な感情。
少しもやっとするような感覚が胸の中で渦巻いている。
こんな簡単にヘラるような人なのに表に一切出さないように生きてたの、マジで超人すぎるだろ。あんだけ強いテリオスさんですら表に吐き出してしまうのにどうして隠し通せたんだこの人……。
っと、それはそれとして。
それよりも今は相手だよ相手。
なんか見覚えがあるんだよな~~、この銀髪赤目の女!
『い、いえ! そんなことないですっ』
『ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ』
真正面に立った姿は見慣れない筈なのに既視感しかない矛盾を俺に見せつけてくれた。
魔祖にボコボコにされた時と然程変わらない容姿だから……予想から大きく外れてないみたいだな。終戦直後、もしくは終戦に近い時期で間違いなさそうだ。
そんな俺の考察を置き去りに、かつての英雄は嘆息しながら呟いた。
『言われたから書いてるけど、僕にこういう才能はないね。本職に任せたいのに……』
『好き勝手盛られるんでしたっけ』
『非常に残念なことにね』
やれやれ、なんて言いながら伸びをする。
ここを見るのは初めてだ。この記憶と共に生きてきて十年近く経ったのだが、いまだに見ることができていない部分が圧倒的に多い。
幼い頃に一気に見て以降、たまにしか見ることのなくなったかつての記憶。
面倒臭い。
いっそのこと全部見せてくれれば踏み込めるかもしれないのに、俺からは一切干渉できないのが腹立たしい。
『英雄譚、なんて大層な呼ばれ方しなくても……日記じゃだめかな』
『に、日記……だめですよ! 貴方は
英雄。
かつての彼は、『英雄になりたい』と願った。
それは戦争を終わらせる象徴になる必要があったから。国を超えて泰平の世にするためには、一個人ではあまりにも矮小すぎたから。
彼は大きな象徴になることを選んだ。
『英雄、ね…………』
ぐええぇ〜〜っ!
ダイレクトにドロドロする負の感情俺に伝えないでくれますか? 俺の劣等感とアンタの劣等感どっちも感じて最悪だし、なんで俺以上に何もかも持ち合わせてる癖に英雄コンプ煩わせてんだよしばくぞ。
『そんな大層な人間じゃないのに』
『そういう事言ってたらアステルさんに怒られますよ』
『
はい確定〜〜〜〜っ!
現代よりもスレンダー(やんわりとした表現)なボディラインを保ったこの女は予想通り師匠だった。銀髪赤目がそもそも希少種だからな、自然発生するにしてもめっちゃレア。
そういう意味合いでいうと師匠は作り物だから少し別ジャンルになるな。
『別に、言いませんけど…………でも』
本を胸に抱き、少し頬を赤く染めながら呟いた。
『誰がなんと言っても、私にとっては──英雄なんです』
………………………………。
なるほどね。
ッスウウゥ〜〜〜〜…………
俺、もしかして色々やらかした?
迂闊な事言いまくってないか。もう取り返しのつかないような発言しまくってるんだけど。
『…………そっか』
勝手に動く身体は、まだ人間だった頃の師匠の頭を撫でくりまわす。
あわわっ、なんて言いながら甘んじて受け入れている姿はとても新鮮だ。俺が頭を撫でられる立場だからな、あまりこういう機会はないしする気もなかった。
『それ、あげるよ』
『えっ……い、いいんですか!?』
胸に抱えていた本を指さして、かつての英雄が話を続けた。
『公式に残すのは本職に頼んで、他人から見た僕を描いてもらう。僕が遺した記録は、君に持っていて欲しいんだ』
あ?
あぁ?
ンンンン〜〜〜…………
…………あっ。
も…………しかして……アレか。
此間師匠が寝てる俺に悪戯しにきた時に言ってた文献って、もしかしてコレのことか!?
『は、はいっ! 命と同じくらい大切にします!』
『いや、そこまで大事なものじゃ……』
『大事です!!』
今一度、強めに抱きしめて師匠は言った。
『私の…………憧れ、ですから』
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