幕間②

「これも全て師匠の仕業か……! おのれエイリアス、俺は決して貴様を許さない」

「何言ってるんだか……馬鹿は死んでも治らないとは良く言ったものだよ」

「自虐ですか? 死なないから治らないのは仕方ないですね笑」


 フカフカの柔らかいベッドと比べて、この坩堝の壁は些か固すぎるように思える。

 骨に罅が刻まれる程度には威力が高かったのだが、師匠はいつもと変わらない雰囲気を保っている。ステルラはレスバで負けたのか? 馬鹿な、と言いたい所だがアイツはレスバ雑魚なのでそこまで違和感はなかった。


「目が見えねェ」

「まだ治してもらってなかったのか……どれ、仕方ないな」


 目が治ってないのはルーチェのせいだが、今俺が壁に打ち付けられて磔のようにされているのは貴女のせいです。

『やんちゃ小僧め』と言いたげな雰囲気で近づいてくるが、普通に元凶だからな。こういうところあるからな、この女。そういうことばっかり覚えるから好きな男が死んでもずっと引き摺ってんだよアホたれ。


「今なんか余計なことを考えなかったかな?」

「師匠は美麗で聡明な女性だと改めて認識を深めていた所です」

「それは良かった。もしもへんな考えを抱いていたら手が滑って頭に電撃を流し込む所だったよ」


 コワ…………


 なんで俺の周りの人間ってこんなに遠慮ないワケ? 

 アルベルトの方が俺に暴力振らないし無理強いしないのに女性陣は俺を奴隷のように扱ってくる。この格差はなんだ、これを差別と言わずしてどうするのだ。山よりも高く海よりも深い心を持つ俺からしても些かやりすぎてはないのかという意見が飛び出すぞ。


「御せる狂人と御せない常人。恐ろしいのはどちらだと思いますか?」

「前者は日常生活において歯止めが効かないが、いざという時に頼りになる。後者は日常において暴発することこそないが、緊急事態下では少々扱いにくいな」


 流石に大戦経験者は違うな。

 そう言う回答がスッと出てくるのは素直に称賛する他ない。 

 俺もずる(英雄の記憶)があるからある程度は判断できるが、あくまで普通の人間よりかは冷静に判断できるだけ。この人たちは命を賭けて殺し合いをしてきたのだからレベルが違う。


 少し話がずれたな。

 要約するとアルベルトですら自制できるのになんで君らは自制できないの? って遠回しにチクチクしたけどあまり伝わらなかった。


 やっぱ言葉はまっすぐ伝えないとダメだな。

 俺は学んですぐさま修正できるタイプ。舐めてもらっちゃ困るぜ……! 


「やっぱ狂人は自覚がないからダメだな」

「狂ってないと座する者ヴァーテクスには成れないからねぇ」

「その理論でいくならば俺は正常で普遍的な人間だと証明できる。甘いな師匠」

「誰がどう見ても君に魔法の才能がないからだが……」


 俺の逆鱗に触れる人はそう多くはないが、師匠は日常的に俺の逆鱗にヤスリをかけてくる。

 苛立ちとか腹立たしいとかそんな“軽い“感情はとっくの昔に通り越し、今の俺に許されているのは込み上げてる怒りに身を任せて激昂することのみ。


「一線越えた。表でろ」

「まずはその磔状態を解除してみたらどうだい?」


 クソボケがぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!! 

 お前が魔力で固定してるから俺が動けないんだろうが!!! クソバカ!!! 


「逆になんでその状態で強気に出れるんだ…………」

「人の意思は折れない限り輝き続けるからな。先人に倣い俺も挑戦してみたが、才能がある人間にしか許されないテクニックだったみたいだ」


 今の俺は祝福に魔力もないので正真正銘ただの一般人。

 ちょっと剣の扱いがうまくてちょっと体が強いだけの弱者である。アイリスさんに絡まれないことが救いだが、アイリスさんがここに来てないのは少し寂しい。


「どいつもこいつも照れ隠しに暴力を使いやがって。他に方法はないのか蛮族どもが。俺はこんなにも建設的で平和的で文化的で知的な方法での解決方法を提示しているのに、どうして俺の周りはこんなに領域レベルが低いのか嘆かざるを得ないな」

「壁画が喋るなんて珍しいこともあるもんだねぇ。さてみんな、準決勝も終わったことだしご飯でも行かないか?」

「おいコラ紫電気ババア」


 動けない身体に鞭打って(強制的に)痺れる(紫電によって)のは勘弁願いたい。

 これは拷問と何一つ変わらないんだよな。


ふへふはステルラ! はふへへふへ」

「なんでこんなに情けない人を好きになってしまったのか、自分でもたまに疑問に思う時があります」

「情けなさを常に表に出してる癖に困ってる時だけ本気出すからタチ悪いのよ……」


 部屋の外にいるであろうステルラに助けを求めるが、顔を一度ひょっこり見せてジト目で見てきた後に、顔をひっこめられた。要するに見捨てられた。


 終わった……


 もうこの学園に味方はいない。

 そう思うと涙が出てくるし胸の中を悲しみが支配するが、俺はこんなところで立ち止まっていられない。ありとあらゆる手段を用いてでも復讐(セクハラ)を完遂するとあの日(記憶の中の)墓標で誓ったのだ。


「あーあー! 今俺のこと助けてくれたら夏休み付き合ってやろうと思ってたのになー! せっかく水着とか用意した(してない)のになー!」


 今用意してないだけで未来の俺が用意してくれる事に賭けて大嘘をついた。

 師匠は俺が金を持ってないことを理解しているので呆れ顔だが、おそらくこの二人は気が付いていない。そうに決まってる。


 が、俺の淡い期待も虚しくルーチェはため息を吐きながら腕を組んだ。


「アンタ金ないのにどうやって用意したのよ」

「黙秘権を行使する」

「…………本当に用意したわけ?」

「当たり前だろ。俺が嘘をついたことがあるか?」

「なんなんですかねこの自信。エイリアスさん、なんなんですかこれ」

「私に聞かないでくれ。昔からこうなんだ」


 俺ほど誠実で正直な男はいないもんだぜ? 

 現実を知らない女性陣に世の中の真実というものを教えてやりたかったのさ。


 なんだかんだ言いつつも魔力を解いてくれたので、地面に着地する。

 身体中痛んでいるが打撲程度なので放置しても問題ないだろう。


「…………水着を用意したかはどうでもいいわ」

「そうか。ならぶっちゃけると用意してない。嘘だった」

「それは疑う余地もないくらいにバレバレだったけど、問題は前者よ。夏休みの予定合わせてくれるって認識でいいかしら?」

「あー、まあ、うん、そうだな。三日に一日くらいのペースならいいぞ」


 一ヶ月あるんだっけ? 

 詳しい内容を忘れたのでルナさんに視線を送ると、やれやれと言わんばかりに肩を竦めながら無表情で解説を始めてくれた。


「去年と同じならば一ヶ月半休みになります。理由としては遠い地方出身者がいた際、余裕を持って帰省出来るようにする為ですね。切り詰めたカリキュラムではありませんので、それくらい余裕を持っても大丈夫なのでしょう」

「首都近郊から通っている子もいるけれど、一人暮らしをしている私たちみたいなのが大半よ。実家が首都にあってここに通っていられるくらいの実力者は案外少ないの」


 昔ならコネ入学とか出来たかもしれんが、統一されてから建てられたこの学園には通用しないな。

 理事長が一番最強で一番影響力あるんだからコネが通用するわけない。ある意味コネ(十二使徒推薦枠)はあるんだが、それは貴重な入学枠を実力が離れすぎた人間に使わないためにある。


 ステルラが一般入学を余裕で首席通過、ヴォルフガングも三番手に大きく差をつけての次席だったと聞く。


 それくらい隔絶した実力差があるものだ。

 まあ例に出したこいつらがあまりにもおかしいって話ではあるんだがな。


「ルナさんは家が首都にあるとして、俺とステルラも帰っていいんですか?」

「構わないし、私も数日は向こうに戻るつもりだからそのタイミングに合わせてくれるなら送るよ」


 自動送迎テレポート、非常に便利だな。

 魔力で包んで高速で移動させているのか、魔力そのものに変換して移動させる狂気の手法をとっているのかの判断がつかない。エフェクトを付与できたりするから魔力で包んでいる説を推していきたい。


 そうじゃないと俺が魔力に分解されてる説が出てきてしまうからだ。

 怖いだろ普通に。


「で、ステルラはいつまで不貞腐れてるんだ」

「べっ、別に不貞腐れてなんかいないし……」


 ひょこひょこ扉から顔を出してそのまま入室してきた幼馴染は少しだけ気まずそうな顔をしている。

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