幕間③

「一応予定的には明日が最終登校日、そこから先が夏休みになってる筈だ。長期休暇中は私も忙しくなるから、ロアの面倒は任せるさ」

「よろしく頼む。俺は一日でも世話を放置されると死んでしまうからな」

「ねこ以下の癖に無駄に尊大でムカつくわね」

「好きだろ?」

「好きじゃないわ」

「ルーチェ……俺のことを嫌いなのか……」


 もう何度目になるのかわからないやりとりなのだが、その度に愉快な反応をするのでやめられない。


「…………嫌いじゃないって、言ってるでしょ」


 ルナさんのルーチェを見る目が本当に面白い。

 無表情なのに呆れてるのが伝わるのがあの人の凄いところだ。無表情なだけであって感情豊かだからな。


「卑しい女ですね……」

「じゃあアンタはどうなのよ。嫌いなの、コイツの事」


 珍しく反撃してるが固有名詞が出て来なすぎて誰が何のことを指しているのかが全くわからない。

 ニュアンスから感じとるに、「じゃあルーナさんはロアの事どう思ってるんですか」で合ってそうだな。残念だなルーチェ、ルナさんにその手法は通じない。


「私はロアくんのこと大好きですよ。愛していると言ってもいいです。恋仲になりたいし手を繋いだりしてデートしたい所ですが、まだそれだけの立ち位置に至れていないのでもっと精進しなければならないと噛み締めているところです」


 大胆な告白だが、俺は一人を特別扱いしない主義でな。

 全員等しく俺に好意を持ってもらって、全員等しく相手をすれば関係性を保っていけるのさ。かつての英雄は決して好意に靡かなかったが、自分の好意にすら靡かなかったのは普通に悪いことだと思う。


 自分の好意と自分に向けられる好意には正直でいるべきだ。


 攻撃をした筈なのに反撃を喰らったルーチェは眉を顰めて不機嫌さを隠そうともしないままルナさんを睨みつけた。


「まあルーチェさんのようにツンデレも需要がないわけではないですが笑」

「甘えられすらしない女が何言っても惨めなだけね(身体を見つつ)」

「一線越えました」


 顔を掴み合ってボコスカ争い出した二人を尻目に、トコトコ俺の方に近づいてきたステルラと師匠。


「アイリスさんは?」

「『滾ったから発散してきます! ロアくんに格好良かったって伝えといて〜!』……って言いながら走ってったよ」


 ああ……

 滾ったんだな……


 俺に向けられなくて心底よかった。

 俺が求めてる好意ってのは極一般的な愛情を示したもので、剣と剣を交えて愛を伝え合う特殊性癖のことを指しているわけではない。誘われて気分が乗れば受けてやらんこともないが、今は無理。


 それを予想できる時点でアイリスさんだいぶ俺のこと理解してるな。

 ロアポイント(俺が向ける評価値)を三点追加だ。


「しかし、なんでわざわざ決勝を夏休みの後にやるんだ……」


 説明を受けた時は魔祖ならばやりかね無いと思ったが、本当に理由はそれだけなのかと疑問を抱いた。

 さっきの会話を聞いていれば少しは思うだろう。決して魔祖は何も考えていない訳ではなく、行動の裏には何かしらの理由が隠されている。そりゃまあ、たまにどうでもいい行動や我儘を通すことはあるかもしれんが。


「師匠。理由知らないか?」

「夏休みを挟む理由かい?」

「ああ」

「知らない。私は学園の運営には携わってないからね」


 どうせ気まぐれだろう、師匠もそう言ってきた。

 本当にそうだろうか。どうにも拭えない気持ち悪さがあるが、それを確かめる術はない。


「さ、そんな事より今日はパーティーにしようじゃないか。我が弟子の2トップが確定したし、祝うには丁度いいだろう?」

「人の金で食う飯ほど美味いものはないからな。おいそこのバカ二人、聞いてるか」

「誰がバカ二人よ。一人だけでしょ」

「自分のことを貶めるのは構いませんが、自虐はロアくん好きではないですよよよよ痛い痛い痛いです!」


 ジタバタ暴れるルナさんの頭をアイアンクロー、身長差もあるのでそのまま持ち上げられている姿はまるで釣られた魚のようだった。

 ルーチェの顔に青筋奔ってるし普通にキレてんじゃん……


 やれやれ。

 ルーチェはギリギリ怒らないで煽れる限界があるから、少しくらいはルナさんに伝授してやらんこともない。

 でも俺以外の誰かが生意気なこと言ってボコられてるの見るのは楽しいからこのままでもいいかもな。ルナさんは何故か率先して攻撃をくらいに行くが頭が悪いのではないだろうか。


 少しは俺を見習って欲しい所だぜ。


 そんな風に仲の良い二人を眺めていたら、ステルラが横に来た。


「……………………」

「なんだ」

「じ〜〜…………」


 ジト目で見てくる。

 昔のステルラはジト目なんてしない活発娘だったのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。


 正直可愛いからいいんだけどな。


「本当に私のこと見てくれてる?」

「お前まだ疑ってるのか…………」


 思わず本気で驚いた声を出してしまった。


「だ、だって全然私のこと見ないじゃん!」

「日常的に異性の事を見まくってるのは分かり易すぎるだろ」


 ルナさんを握りしめていた拳から力が抜けて、ルーチェがビクリと身体を揺らした。ルナさんは地面に落ちた。


「ふー…………いいかステルラ。お前のいう『気になる異性を目で追いかける』って行動はな、恋に恋する年齢の少年少女がするもんだ」

「えっ」

「お前が俺を好きなのは理解しているが、それはそれとして相手にも同じ行動を求めるのは愛じゃない。エゴだ」

「す、好きだけど……でも直接言ったことなんてないのに……」


 話も聞かずに自爆しまくってるアホを放置して、信じられないものを見た顔で俺を見ているルーチェを嘲笑っておく。


 気が付いてんだぜ、お前が俺をよく見てることには。

 知ってて放置してたのはそういうことさ、後々になって弄れるから言わなかっただけだ。


 この中で一番恋愛的な意味で好意がわかりやすいのはルーチェだからな。


「ロア、良心が痛んだりしないのか?」

「しませんね。複数人に好きだと言われたからって一人を選ばなくちゃいけない理由は俺にはない」

「…………どこで教育間違えたかな……」


 それはきっと最初からだ。

 仕方ないことだ。俺は『かつての英雄の記憶』を反面教師にすると誓ったからな。いわば究極の逆張り、人生を懸けた英雄へのアンチテーゼと言えるだろう。


「来るもの拒まず去るもの逃さず、一度でも俺が気に入ったら絶対に逃さないから覚悟しとけよ」

「言ってて恥ずかしくないか?」

「全く。ヒモでありたいと常日頃から公言しているゆえ、俺に痛む心は一切無い」


 師匠が俺を見て呆れた顔をしているが、アンタの事も含んでるのに気が付いているのだろうか。

 そういう意図がなければ冗談でも愛してる、なんて言わない。


 が、それを自分から説明するのは癪なので気が付かないのならそれはそれでいい。


 離れようとした時に離さなければいいだけだ。


「…………ま、それはそれで良いのかもしれんな」

「そうでしょう? 俺は気遣いが出来る男だからな」

「悲しませるなよ、ヒモ男」

「おそらく泣くのは俺だな、具体的には暴力によって涙を流すことになる」


 現時点ですらボコボコにされて涙を流すことがあると言うのにどうして俺が泣かせる立場になるのだろうか。

 師匠は慧眼ではあるが曇り眼でもある。


 少なくともかつての英雄の事を見抜けていないので、師匠も完璧ではないのだ。


 完璧な人間などいない。

 どれだけ外見を見繕っている人間であっても、どれだけ明るく振る舞っている人間であっても何か一つ欠けているものがあるんだ。


 その事実を忘れないように胸に刻み込んで生きていこう。


「どうしたの、そんなに真面目な顔して」

「師匠の顔と身体は満点なのになんでおばあちゃんなのかという事実について論文を書いていた」


 この後放たれた紫電の行方を知るものはいない。

 一つだけ確かなことがあるとすれば、俺は祝いの料理を食べ損ねたという事くらいだ。

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