幕間①
テリオスさんと魔祖が部屋から出ていってから十分程度経っただろうか。
さっさと帰れば良いのに、俺らしくもなく寝転んで思考に時間を費やしていた。
議題はずばり、テリオスさんの発言。
『かつての英雄は君で良い』────これだ。まあ確かに技はそっくりそのままだろうし、戦い方なんかも参考にしてる。本人を知る人達に言われるなら納得はしないが飲み込めるんだが、テリオスさんに言われると少し懐疑的に思ってしまった。
テリオスさんの目を疑っているのではなく、どう見えているのかが気になる。
なぜなら、英雄と評価されるような言動はしていないからだ。
かつての英雄は品行方正清廉潔白質実剛健、清らかで根強い芯を持った人当たりのいい青年だった。
そうあるべきだと心掛けていたのは確かだし、どちらかといえばテリオスさんと同じタイプ。本当は一人称も『俺』だし、もっとダウナー気質なところがあったのは否めない。だから本当は俺なんかより、テリオスさんの方が『かつての英雄』と一致している部分は多いと思っている。
俺はヒモ志望で女性を周囲に侍らせ少しでも甘えようとするキモすぎ人間であり、世間一般から見れば不埒で信用の置けない怪しいやつという印象が先に来るだろう。
しかもそれが真実だから否定できず、近づいてきた人は退いていく…………
……………………。
おかしくないか?
なんか近づいてきた奴らほぼ全員懐に入ってるんだが。
「邪魔するわよ」
「邪魔するなら帰ってくれ」
俺が自問自答をしてアイデンティティを確かめる大切な時間を踏み躙り、ノックすらせずに侵入してきたルーチェに軽口を返す。
「いやよ、帰る理由がないもの。────身体は大丈夫?」
「問題ない。丁寧に治してくれた」
傷一つ残らず、寧ろ体調が良くなった。
回復魔法って熱を下げるとかそういうのにはあんまり効果がない筈なんだが…………そういう点で、流石は『魔導の祖』。俺(かつての英雄の記憶も含めて)が知らない魔法があってもおかしくはない。
「久しぶりにあそこまでボロボロになった。心臓に傷が付く手前まで追い詰められたのは山籠りしていた頃以来だな」
「ちょっとやりすぎじゃない?」
「普通にやりすぎだが、犯人は治せばいいと思っていた節があるからな。俺の苦痛はお構いなしに放り込まれた雷撃と斬撃は今でも夢に見るぜ」
部屋の外からひゅ、ひゅ〜なんて音すら鳴ってない口笛が聞こえてくる。
……あの、師匠。なんかそんなことばっかりロアにしてませんか?
あ、ああいやっ、違うんだ。聞いてくれステルラ、ロアなら多分耐えれると思って……
ロアが死んじゃいますよ、そういうことばっかしたら! 大体師匠はいつも────
俺を最もイジメ抜いたトップ2のレスバトルが展開され始めたところで、意識をルーチェとの会話に集中させる。
ステルラも俺のこと死ぬほどイジメ抜いてるから絶対忘れねぇからな。いじめた側にとって些細な記憶と過去であっても、いじめられた側には永遠に記憶が残り続けんだよクソが。
「チッ……セクハラで倍返ししてやるからな」
「また碌でもないこと考えてたのね」
「復讐は何も生まないが、気持ち良いことだけは確かだ」
詭弁万歳、欺瞞万歳。
こんな思考してる奴がかつての英雄と似てるとか勘弁してくれないかな。あんな激烈で苛烈で熱烈なバケモンみたいな奴と比べられたら俺が如何に矮小なのかを思い知らされてヘラる。
俺は腕が弾け飛んだら涙目で食いしばるが、かつての英雄は動揺すらせずに勝利のみを見つめる。その代わりに闘志を再燃させる。負けた時の悪感情の伝わり方と言ったらやばかったぜ、屈辱と侮辱と情けなさでめっちゃ自分を責めながらその場を切り抜ける方法と次に勝利するための道筋組み立ててんだもん。
頭おかしいよ。
「セクハラですか。受けて立ちましょう」
「もうちょっと出るとこ出てから声かけてもらって良いですか?」
「殺しますよ」
ヒェッ…………
普段から無表情なのに完全に表情が抜け落ちたルナさんが、僅かに火の粉を散らしながら脅してきた。
助けを求めるようにルーチェの腰あたりに抱きつくが、あまり抵抗されない。ふ〜ん、なんか今色々甘い判定になってるんじゃないか、これ。
良い機会だ、利用させてもらおう。
「セクハラする相手を選ぶ権利もある。親しき中にも礼儀あり、という奴だな」
「越えてはいけないラインを越えました。温厚篤実と名高い私でも怒る時はあるんですよ」
「温厚…………?」
ルーチェの疑問の声を気にせずに、ルナさんが飛びかかってくる。
身長差もあり、しかも魔法をつかってこなかったので普通に俺の方が強い。ただの身体能力ならばこの学園でも上位の俺になぜ勝てると思ったのか、今一度問いただして欲しい所だ。
頭を押さえて進めないようにするとぐるぐるパンチを披露してくれた。
やってることがまんま子供なんだが、そこら辺を気にはしてないのだろうか。ルナさんの判定よくわからないところにあるな…………
「哀れね」
「そう言ってやるな。ルナさんにも淑女としての誇りはあるからな」
「ぐ、ぐおお、このっ……!」
深窓の令嬢というには少し無理があるが、体力がないもやし娘なのは変わらないのでやがて一人でダウンした。
ぜえはあ言いながら四つん這いで呼吸を整えている姿は淑女とは言い難い。これが淑女の姿か? これが…………なんと泥臭くて醜い姿なんだ、哀れだな。
なお俺が這いつくばった姿を見られてるのはカウントしない事とする。
棚に上げて自分が優位にたてるポジションでのみ戦えば良いのさ。
レスバトルをする前提、話を逸らして相手の思考を乱して俺が有利なポジションに引き摺り込む。これを実行すれば勝利は間違いない。
あ?
いつも煽られて先に負けに行ってるだと?
……すぞ。
「俺は自意識すらマウントを取ってくるのか。最早最強に近いな」
「アンタが頭おかしいのは元から知ってるけど、何自然と抱きついてきてんのよ。ぶっ飛ばすわよ」
「い〜いじゃないか。そりゃあご飯をたくさん食べて少しお腹が出てるときに抱きつくのはデリカシー無さすぎだが、食事をとってから半日も経った後ならお腹が最も細くなっていてプロポーションとしても美しいフォルムになっている。お前はスタイルがいいからな」
「………………ふーん」
口元は緩んでないが、僅かに耳が赤くなっている。
コイツなんでか知らないけど正面から直球で伝えるとマジで耐性ないんだよな。異性との友人として清く正しい関係性を保たせて貰っているが、一線超えればどうなるのだろうか。
「お前は自己評価が低いが、客観的に見て美人でスタイルもよく女性的な魅力が溢れている。コンプレックス丸出しの目付きと暴力的な拳が特徴的だ」
「喧嘩売ってるでしょ? 言い値で買ったわ」
まだなんとも言ってないのに俺の顔面にエルボーをぶち込んでくるその判断の速さは素晴らしいが、もう少しは躊躇いを持って欲しい。
回復魔法があまりにも酷使されているから暴力を振るうことに違和感を抱いていないのか……!?
「前が見えねェ」
「自業自得ね。……………ふん」
じんわりと暖かいので多分回復魔法をかけてくれている気がする。
でもゆっくり回復魔法をかける時の欠点として、じわじわ治っていくので損傷箇所が元に戻る歪な気持ち悪さを味わう羽目になるんだよ。
「照れ隠しが強烈ですね」
「……うるさい」
ルナさんが煽っているがルーチェにキレがない。
視界以外は元に戻った気がするが、一番大切な目が見えないんだけどこれって何かの間違いですか?
「ロアくん、もうちょっとだけ待ってあげてください。
「それは構いませんが、俺の目が見えないストレスを消化することも手伝ってください」
「仕方ありませんね。ステルラさんにもルーチェさんにも出来なさそうなので私がやってあげますよ」
急にマウントを取りに来たルナさんは放置して、なぜか膝枕に近い形で俺の頭を撫でてくるルーチェの手を甘んじて受け入れる。
これだよこれ、この護身。
これこそが俺の追い求めたヒモ生活。
女性に甘え男としての優越感を得て、存分に甘えられるこの環境。時たま拳と魔法が飛んでくるのはちょっとよくわからないし、それが致死級であるというのもちょっとよくわからないが、損得ちょうどいいんじゃないだろうか。
いや良くねぇよ。
なんで損してんだよ。
痛くない思いも苦しい思いもしたくないからヒモ生活を願ってるのになんで率先して攻撃されてんだよ。おかしいだろ。
働かなくていいのはいいがそれ以上に受けてる苦痛が大きすぎないか?
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