第六十四話③
「……………………うん」
間違いは、認めた。
ならばやることはひとつだけ。
自分が悪かったのだと、謝ることだ。
「これまで迷惑をかけて、ごめんなさい」
「…………は?」
敬愛する母親へと、頭を下げる。
「遠回りではあったけど、ずっと俺に言葉は伝えてくれていた。それを読み取れなかったのは偏に、俺の力不足が原因だ」
もっと信じることが出来ていれば。
もっと言葉をまっすぐ伝えられていれば。
もしもの可能性を考えればキリがないくらいに、後悔は積み重なった。
「母さんにとっての俺の価値が、わからなかった。よく面倒を見てくれていたのはわかってるし、不自由ない生活をさせてくれた。俺がここまで強くなれたのも環境が良かったのもある」
でも、それが愛情なのかはわからなかった。
なぜなら立場があったから。魔祖というネームバリューの高さは子供ながらに漠然と理解していたし、とんでもなく偉い人に拾われたと恐れ慄いた時すらあった。
そしてもう一つ。
「母さんは、かつての英雄の話ばかりするんだ」
「……………………すまん」
「責めてるわけじゃないんだ、謝らないでくれよ。……ただ、さ」
俺を見る目と違いすぎて、そこに違和感があった。
「好きなのか嫌いなのか、興味があるのかないのか。ただ一つだけ断言できたのは、母さんが英雄が亡くなった事実を悼んでいるということだけ」
だから俺は目指した。
感情の読みにくい母親が唯一わかりやすくなるのが『かつての英雄』に関する話題の時のみ。
ならばなるしかない。
そうなればきっと、
「幸い魔法の才能はあったからね。気がついたらこんな所にいたよ」
「…………儂は」
戯けるように自嘲するテリオスに対して、マギアが言葉を発する。
「儂は、お前に嫌われたくなかった」
「……………………え?」
息子は全てを吐き出してくれた。
本当ならば先に親が言い出すべきであろう話し合いの場を、子供に作ってもらった。
それだけお膳立てされて言い出せなければ────きっと生涯、悔やむことになる。
その情けなさを噛み締めて、マギアは続ける。
「人に嫌われたくないなどと考えたのは初めてだ。言動に気を配ったのも初めてだ。他人の健康を気にして世話をするなど、初めてのことだらけで…………」
不甲斐ない。
こんなにも頼りがいのない親はいないだろう、とマギアは思った。
魔導の祖なんて呼ばれて畏敬を抱かれた所で、傍若無人な振る舞いを貫いていたところで、その実息子一人を満足に育てることすらできない。
育児の難しさに驚愕し、魔法とは違って正解が必ずしも正しいとは限らない理不尽を学び、生まれて初めて嫌われたくないと思うほどに愛情を抱いた。
「……………………
既に友人と呼べるエミーリアやエイリアスは別枠だ。
嫌われるとか嫌われないとかそういう関係性は通り越して、もはや腐れ縁とすら表現出来るほどの仲の良さである。互いに変に遠慮せずにズカズカ失礼な物言いをしても罅が入らないような強固な関係。
だが、テリオスは違った。
マギアは親でテリオスは息子。そこには敬意や愛情が含まれており、ただ対等の友人と接するのとは訳が違った。
「…………なんだよ、それ……」
最初から此方が伝えていれば良かった話。
怒られても仕方ない。殴られても仕方ない。……嫌われても、仕方ない。
マギアは次に続く言葉に怯えながら、テリオスの反応を伺った。
「……………………本当にさぁ」
ふぅ、とため息を吐いて。
「もっと早く聞きたかったよ、それ」
「……すまない」
「俺が母さんを嫌いになる訳ないだろ」
「すまな…………はっ?」
ふんっ、と鼻息荒く一度吐き出してから腕を組んで仁王立ちする。
「見くびるなよ。人生賭けてでも成り代わって見てほしいと思うめんどくさい息子が、母親がそっぽ向いた程度で嫌いになる訳ないだろ!」
「い、威張る事ではないだろうが!」
「い〜〜や、威張るね。勘違いされないように盛大に威張る。俺は母さんのためにとは言っていたが、結論真正面から見て欲しかっただけ。でも母さんは母さんなりに俺のことを見ていたけど、俺は気がつかなかった。互いに気が付かなかったから俺たちは擦れ違ったんだ」
そんな風になるくらいならば、恥はいくらでも貼り付けてもいい。
後悔するくらいならば口に出す。
それもこれも全部、対戦相手に教えられたことで。
つくづく敵わなかったと、テリオスは苦笑した。
「……まだ、間に合うだろ?」
「…………フン。時間だけはあるな」
「それは良かった。俺も、時間は沢山あるからね」
間違った努力を続けた。
けれども、積み重ねた努力は決して嘘をつかなかった。
いつかの試合で
「……………………努力は決して嘘を吐かない、か……」
ならば、君にとっての努力は。
君の努力が真の目的を達成する瞬間は、一体どうなるのか。
敗北したばかりであるというのにテリオスは晴れやかな気持ちだった。
先に退出していくマギアの後を追うように歩みを進めて、彼女が先に部屋を出てから振り返った。
「ロア・メグナカルト」
話し合いの最中もわずかに気配は感じていたし、途中から起きているのにも気がついていた。
聞かせてしまった事は申し訳ないけれど、それはそれとして言わなければならないことがあるとテリオスは思った。
「おめでとう。
「…………諦める気は?」
「無いさ」
起き上がって目線を交わす。
相変わらず気怠げに見えるが、奥底に隠された闘志は並外れている。
「『かつての英雄』にはなれない。その役割は俺じゃない。ならば────俺は
「……勘弁してくれ」
「そう言うなよ。結構楽しみにしてるんだぜ?」
ひらひら手を振りながら、テリオスは身を翻した。
今は英雄じゃなくていい。
彼が英雄と呼ばれることに異論は一切ない。
彼こそが本当の意味で英雄と呼ばれることに、納得している。
──だが、それはそれとして。
負けたままでいられるかと言われればノーだ。
ロア・メグナカルトが意地を貫き通したのと同じように、テリオス・マグナスにも意地がある。
英雄になりたいとか誰かのためとかそんな言い訳を積み重ねたものじゃなく、もっと純粋で純然たる渇望。
「────男として。負けっぱなしじゃいられないのさ」
捨て台詞のように吐き捨ててそのまま部屋を出る。
まだやる仕事があると言って消えていった母を見送ってから、控え室に置いていた荷物を手にして坩堝から出る。
夕暮れを背景に校門で待ち構えていた友人達に声をかけた。
「いや、随分と待たせたね」
「気にするな。それぞれ敗北した者同士傷の舐め合いをしていたところだ」
「一緒にするな戯けが」
巻き込むように恍けて遊ぶテオドールと、それに巻き込まれて不機嫌そうな表情で罵倒をするソフィア。
いつもと何一つ変わらない光景。
きっとかつての英雄が守りたかったのは、こういうものなのだろうと。普遍的で、平和的で、不変的なものであって欲しいと願った日常────きっとそうなのだろうと、テリオスは思った。
「…………おい、何を見ている」
「え? あー、いやいや。仲が良いなと思ってさ」
今更すぎる。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
もっと早く身近なものに目を向けて、気が付けていれば────何か変わったかもしれないのに。
そんな悔いを飲み込んでから、空を見た。
時間はある。間違った道を進み続けて、時間は沢山作ることができた。
だから大丈夫。
俺の人生は、まだまだここからだ。
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